月別: 2021年8月

復讐しない

その人は朝一番、軽トラで畑の点検に出かけました。すると、一番遠くの畑にまたしても大量のゴミが捨てられていました。人目を盗んで不法投棄をする人がいるのです。彼は怒りで頭に血が上りました。仕方なく生ゴミ袋を回収していると、犯人の住所が印刷された封筒を見つけました。復讐する絶好のチャンスです。その夜、彼は犯人の家に行き、その庭に畑に捨てられていたゴミだけではなく、自分のゴミまでもばらまいて帰ってきました。

嵐を乗り越える

スコットランド人アレクサンダー・ダフは、1830年、宣教師としてインドに渡ろうとしましたが、南アフリカ沖で海難事故に遭いました。彼は他の乗客や乗務員たちとともに小さな無人島に流れ着きました。ほどなく、ひとりの乗組員が、海岸に打ち上げられたダフの聖書を発見しました。ダフは、聖書が乾くと、生存者たちに詩篇107篇を読み聞かせ、彼らは勇気を奮い起こしました。彼らは救助されましたが、さらなる破船の体験を経て、ついにインドに到着しました。

状況に左右されない平安

爆竹がはじけたような音がして目覚めると、窓ガラスの破片が散らばっていました。ジョアンは、ひとり暮らしの不安を感じつつ、外の様子をうかがおうと起き上がりました。通りに人影はなく、侵入者の気配もありません。しかし、鏡が割れていました。警察を呼ぶと、ガス管から1センチ離れた所で弾丸が見つかりました。もしガス管に当たっていたら、彼女は死んでいたでしょう。それは後に、近所のアパートで起こった発砲事件の流れ弾だと分かりました。ジョアンは家にいることが怖くなりました。そして、心の平安を祈りました。

悲劇の記憶がお祝いに

ウエストバージニア州の小さな村で、1907年12月6日、炭鉱爆発が起こりました。360人の鉱夫が亡くなり、夫を失った250人の女性と、父を奪われた千人の子どもが残されました。歴史家たちは、彼らの追悼式が、米国の父の日のきっかけだと述べています。悲劇の記憶は記念となり、やがて、祝い事になりました。

すべてご存じの神

親友とランチをした帰り道、私は車の中で声をあげて彼女の存在を神に感謝しました。彼女は私の欠点を知っています。奇妙に見える行動や癖、過去の大失敗も知っています。それにもかかわらず、ありのままの私を受け入れてくれる友人のひとりです。それでも、私には、誰とも分かち合えない人生の物語があります。勇敢でなかったり、過度に批判的だったり、不親切だったり、陰険だったりというエピソードです。一方、神は私のすべてをご存じです。人には話せないことも自由に話せる唯一のお方です。

聖書を頼りにする

伝道者ビリー・グラハムは、かつて、聖書の全部を真実だと信じられず悩んでいました。散歩に出たある夜、木の切株に聖書を置き、ひざまずいて、「神よ、この本には理解できない事がたくさんあります」と躊躇しつつ言いました。しかし、正直に告白したことで解放されます。そして、聖書の全部を信仰で受け入れると決心しました。すぐに疑問が消えたわけではありません。しかし、己の「霊の戦い」を堂々と戦い、勝利したという実感があったと述懐しています。

生きて働く信仰

サムの父親は軍事クーデターのために亡命を余儀なくされました。収入が突然絶たれ、病気の弟の薬代に困り、私たちが何をしたというのか、と、憤まんやるかたない気持ちでした。彼らの苦境を聞いたクリスチャンが、自分の払える範囲で薬を買って届けました。家族は見知らぬ人の親切に感動しました。母親は、「今度の日曜日、家族でこの人の教会に行きましょう」と言い、サムの怒りも徐々に収まりました。そして、家族がひとり、またひとりとイエスを信じたのです。

恵みを施す

息子は私たちの養子になるまで児童養護施設にいました。家に連れて帰る日、持ち物を取ってくるように言うと、何もありませんでした。私たちは持ってきた新品の服に彼を着替えさせ、着ていた服は、寄付する他の服と一緒に置いてきました。彼が何も持っていないことに心が痛みましたが、これからは物心両面で支えてやれると嬉しくなりました。

納得できない時

プロのスポーツ選手を目指していた青年が挫折した時、「神のご計画が分からない。僕は人生を主にささげたのに!」と母親にメールしました。思いがけない挫折を経験して、「なぜなんだ?!」と心で叫んだ経験の無い人がいるでしょうか。友人に説明もなく絶交されたり、健康に気をつけていたのに病気になったり、会社が突然移転を発表したり、生活が一変するような事故に遭ったり…。