次の瞬間には
◆ エレミヤ書30-31
◆ ピレモン
私が栄えたときに、私はこう言った。「私は決してゆるがされない。」
―詩篇30:6
俳優のクリストファー・リーブは、1995年、落馬して下半身不随になりました。彼はこの事故の前、映画で下半身不随の男を演じ、役作りのためにリハビリテーション施設を訪れていました。リーブはそこを出るとき、「あれが自分でなくて、本当に良かった」といつも言っていたそうです。リーブは事故の後、その発言を悔やんでいると言います。「私は、苦しんでいる人たちから自分を隔離させていました。次の瞬間、自分も同じ状態になる可能性があるとは、まったく気づいていませんでした。」残念なことに彼の場合、それが現実になったのです。
親切な行為
◆ エレミヤ書27-29
◆ テトス3
あるサマリヤ人が、旅の途中、そこに来合わせ、彼を見てかわいそうに思い、
― ルカ10:33
私たちは愛の少ない者です。なぜでしょう。親切にできない最大の理由のひとつは、相手の値踏みをするからです。私たちには「私の親切を受けるにふさわしい人とは、かれこれしかじかの人」という固定観念があります。イエスに「では、私の隣人とは、だれのことですか」と質問した人がいました(ルカ10:29)。つまり、「私の親切を受けるのにふさわしい人は誰ですか」という質問です。イエスはその答として、たとえ話をなさいました。
本当の蓄え
◆ エレミヤ書24-26
◆ テトス2
出て来たときと全く同じようにして去って行く。―伝道者の書5:16
私たち夫婦はある日、売り出し中の不動産物件に立ち寄り、家の中を見て回りました。洗濯機に乾燥機、照明器具や床の敷物、食器棚、そして食料品まで、すべてが売り物です。この家の物の数には圧倒されました。ダイニング・テーブルの上には、食器セットが乱雑に並べられ、玄関から居間につづく廊下はクリスマス飾りで埋め尽くされていました。ガレージには、工具、ミニカー、ゲーム、アンティーク人形などがあふれていました。家主は引っ越したのでしょうか。それとも、お金に困って家を売ろうとしたのでしょうか。もしかしたら、亡くなったのかもしれません。家を後にしながら、そんなことを思いました。