デイリーブレッド

怒りと祈り

アウシュビッツでのおぞましい体験の後、エリー・ウィーゼルは信仰を失いました。当時を思い、「愛の神よ、あなたはどこにいたのですか。……あなたを心から信じていたのに」と葛藤していました。しかし、後に、信仰を失ったわけではないと気付きました。「信じていたからこその怒りです。今もなお、神に怒っている」と。確かに、存在を信じない相手に対して怒(いか)ることはできません。

神のまなざし

トリナは、完売のイベントのチケットを無料でもらいました。それを、聖書に挟んでおいたのですが、当日、その聖書が見つかりません。保存食の戸棚まで必死に探している所を目にした息子が不思議がると、「他の場所は全て探したし、イベントの開始まで30分しかないのよ。最初から全部見たい」と答えました。息子が「幸運の女神が去っていく恐怖だね」と言うと、母親は、声をあげて笑いました。そして二人で探索に戻ると、トリナの夫が帰宅して、「車の中に忘れていたよ」と、聖書を差し出しました。

委ねて静かに待つ

アデレード・ポラードのことは、あまり知られていません。彼女が脚光を望まない、謙遜な神のしもべだったからです。40歳の時、アフリカ宣教に召されていると強く感じましたが、扉は閉ざされ、大いに落胆しました。しかし「粘土が陶工の手の中にあるように、……お前たちはわたしの手の中にある」(エレ18:6)の御言葉を思い出しました。こうして、聖歌295番「成したまえなが旨」を書きますが、その中に「われはただ汝が手のうちにある土くれ」という歌詞があります。