母方の祖父母には本当にかわいがってもらいました。よくカリフォルニアからコロラドの私たちの家に来てくれ、私たちも祖父母の家に行くことを楽しみにしていました。私たち姉妹が成長するにつれて、祖父母との会話は、子どもの頃の他愛ない会話から、価値観や人生観、例えば金銭管理のことなど、より真剣な話題へと広がっていきました。彼らは、生きている間は、私たちを支援するけれども、子や孫に財産は残さない、慈善団体に寄付すると言っていました。
実際、祖父母は常に気前よく支援してくれました。彼らが亡くなった時、遺産が社会のために使われることは喜びでした。彼らを誇りに思いました。箴言13章22節にある「善人は孫の代にまで嗣業を残す」という御言葉と照らし合わせると、彼らが私に残してくれたものを、より高い視座から見ることができます。利己的な生き方をせず、次の世代の人々を思いやるべきです。
次の世代に引き継げる金品を、誰もが持つわけではありません。しかし、普段から自分の手持ちの資源――時間や労力だけかもしれませんが――を、人のために惜しみなく使うという生き方をしているなら、私たちの子(そして、孫)は、気前の良さという遺産を受け取ることができるでしょう。神が私の必要を賄ってくださる、と信頼して気前よく与えるなら、私たちは、信仰と資産の両方を、人と分かち合うことができます。
神に忠実で気前の良い生き方の模範を示し、あなたの益にしてくれたのは誰ですか。どのような実際的な支援を、今日、あなたは行いますか。