競争は、人生のように逆説に満ちている。競争は危険だ。そう考えると、自分を駄目にしたくないので、営業成績表やスコアボードなど関係のない世界で生きればよいと言うかもしれない。しかし、競争から良い結果を生みだした例もある。ここで幾つか、人生におけるぎりぎりの闘いで、成功を収めた例をみてみよう。
競争は感動を与えてくれる
競争に明け暮れている人々の中から、深く心を打つ実話が生まれる。どうしようもない状況を克服したり、自分の過去の過ちがもたらした人生のどん底から這い上がったりして、遂には大きな成功をおさめた物語に深く感動した経験は、一度や二度ではないだろう。
メジャーリーグの外野手、ジョシュ・ハミルトンは、その典型だ。1999年のこと、ハミルトンは高校生野手として、ドラフト全米一位で指名された。しかし、ハミルトンはその後、酒を飲み、麻薬に手を出し、自分の人生の破滅に向かってありとあらゆることをやった。そんな彼を信じる人々がいた。彼の妻、祖母、そしてあるコーチだ。彼らの祈りと影響でハミルトンは立ち直っていった。遂にある日、 彼は、 自分の人生を神にささげるという決心をした。
ようやく、彼の人生は好転を始めた。そして2007年、メジャーリーグに戻る機会を得た。酒と薬物依存から完全に解放され、信仰によって強められたハミルトンは、シンシナティ・レッズの選手として、シーズン19本のホームランを打った。
このような競争の物語に、私たちは感動する。心温まる話は、悩み多き世の中に希望をくれる。他の例をあげると、デイヴ・トーマスは、無一文から世界的なフード・チェーンのウェンディーズを築き上げた。また、若い野球選手のジム・アボットは、障害を乗り越えて、隻腕(せきわん)投手としてメジャーリーグで活躍した。バスケットボール選手のマグジー・ボーグスは、身長わずか160cmだが、NBAで活躍中だ。
このように、競い合い、成功に至った者たちが手にした価値とは、単なる個人的な勝利の喜びをはるかに上回るものだ。素晴らしい競争をする者は、内面的、または外面的な障害を乗り越える方法を見つけねばならない。かくして、彼らの物語は、自分の行く手を阻む障壁を克服する勇気と励ましを与えてくれる。
競争はチームワークを教えてくれる
さて、企業は、業績の良い社員たちを本社から離れた別荘地などにわざわざ行かせて、ケーキを一緒に作らせたり、ゲームやスポーツ競技をさせたりするが、それは一体何故だろう。企業が、社員たちをチーム形成活動に参加させるのは、どうしてか。それは、競争社会においてどんなに才能があったとしても、チームとして働いてこそ、より大きな成果を収められるからだ。
ほとんどの場合、競争が協力を余儀なくさせる。自分の才能や技術を、他人の才能や技術と組み合わせて仕事を成し遂げざるを得なくする。
一匹狼が競争に勝つことはできない。たった一人でいろいろな試練に立ち向かい、切り抜けていく、というやり方には無理がある。チームを作り、各個人の才能をうまく組み合わせなければならない。
フード・フランチャイズ会社の中で最も成功している某企業は、世界中に3万軒以上の店舗を抱えており、競争の意味をよく知っている。この企業の歴史は50年以上だが、その間には、何百という競争相手が、現れては消えていった。その中で一社として、彼らのような成功を手に入れる者はなかった。この会社の運営方法を詳しく見れば、従業員の資質として一番大切なことにチームワークが掲げられていることがわかる。それは、バーガーをくるりとひっくり返して焼く仕事だろうが、本部で事業運営に関わっていようが、同じだ。このファーストフード企業のCEOは、「うちに入社する社員は皆、人生で大切なスキルを学びます。そのひとつはチームワークです」という。チームワークは、価値の高い、尊敬に値するもので、良い競争から派生する。また、そんなチームを率いるリーダーたちは、人々が一体となって働けば、たくさんの個人がばらばらに働くより何倍もの結果を生みだす、 ということをよく理解している。
競争は、各個人の可能性を引き出してくれる
高校でスポーツをやるのは、ある意味で試練なのに、親はなぜ、それを子供に許すのか。
とにかく、スポーツは楽じゃない。若くても身体が疲れきってしまうトレーニングもある。それも、シーズンが到来するにつれてよりハードになる。また、精神的にも厳しい。なぜなら学生選手は、変化する状況の中で素早く考えて対応し、勝てるように、とても複雑なことを教え込まれるからだ。
最後に、若い彼らは精神的なチャレンジにも直面する。コーチがどのように考えているか理解し、チームメイトとうまくやるように努力し、勝ったり負けたりの葛藤(かっとう)を消化しなければならない。
スポーツを通し、適切で注意深い指導を受けることによって、生きていくために必要な精神的、肉体的、心理的なスキルを磨く良い機会が与えられる。だから、親は子供にスポーツをさせるのだ。
例えば私の場合、学生時代にスポーツで競ったことが、後の人生の成功に、大きく貢献した。大学のバスケットボールチームに4年間所属したことは、自分の欠点を乗り越えるのを助け、教えたり、指導したりする職業に進むことがふさわしいと思わせてくれた。
私はコーチに精神的な強さを求められたため、難しい状況を避けて通ろうとする、若者特有の悪い癖がつかずに済んだ。在学中に身体を鍛えたことで、その後もずっとそうできた。また、多くの人が見ているコートの上で成功する機会を与えられたおかげで、恥ずかしがり屋で無口な自分の殻を抜け出すことができた。学生バスケットボールの激しい競争が私の心身を研ぎ澄まし、神に用いて頂けるような人間になるよう後押ししてくれたのだということが、何年もたってわかってきた。Dave Branon
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