光の無い道
休暇からの帰り道、オレゴン州中部の荒野を通りました。夕暮れどきの2時間余り、私たち家族の車は深い渓谷を抜け砂漠の尾根道を走りました。その間、すれ違う車は20台も無かったでしょう。やがて月が登りましたが、山の峰があるので見えたり見えなかったりします。娘は「神のご臨在と同じね」と言いました。私は「神がおられると見えなくてはいけない?」と尋ねました。すると彼女は「そんなことはないわ。でも見えたら確実に助かるわ」と答えました。
信じて任せる
結婚記念日にロマンチックな冒険を楽しもうと、夫がふたり乗りの自転車を借りてきました。ところが、ふたりでペダルをこぎ始めるとすぐ、私は前が見えないことに気づきました。私の視界は、夫の広い肩幅に遮られています。おまけに私のハンドルは固定されて動かず、私の上半身を支えているだけです。前の自転車のハンドルだけが、方向を操作できるのです。私は選択を迫られました。ハラハラしたりイライラしたりするか、夫を信じて自転車のかじ取りを任せ、この旅を楽しむかです。
見えないところで
娘はSNSで友だちの返事を待っていました。スマホの画面には既読マークがついています。まだ数分しか経っていないのにイライラし、その苛立ちはやがて「返事が来ないのは、嫌われちゃったから?」という不安に変わりました。そして、やっと返事が来ると、ホッと胸をなで下ろしました。娘に返答するために先ずやらなければならないことが、その友だちにはあったのです。
抱かれて安らか
友人が生後4日の大切な娘を抱かせてくれました。ところが赤ちゃんは間もなくぐずり出しました。胸に引き寄せたり、頬をくっつけたり、揺らしたり…。必死にあやしましたが、どんどん機嫌が悪くなります。私はキャリア15年の母親ですが、そんなものは少しも役立ちません。ところが、居ても立ってもいられない友人の腕に戻すと、赤ん坊はすぐに泣き止みました。安心した顔つきになり、身体もリラックスしました。母は我が子の不安を和らげる方法を知っているのです。
こぼれる
カフェのカウンターで食事をしていて、うっかりコップを倒してしまいました。流れ出た液体がカウンターの内から床に落ちていきます。私は恥ずかしくて慌ててしまい、流れ落ちる液体を両手で受け止めようとしましたが、無駄な努力です。私の手のひらには大さじ一杯分の飲み物が残っただけ。床は水浸しでした。