霊の賜物

豊かな恵みを届ける道

マンスリートピック
実践 | 2024年7月のトピック

昔、教職者と信徒リーダーのための研修会に出席した時のことです。多くのキリスト者が神から頂いた賜物をいかして仕える姿に感心しました。主催者の牧師の賜物は教えることだったので、大勢の参加者にたましいの糧を届けていました。それ以外にもたくさんの人がスキルや能力を駆使し、おもてなし、賛美、祈り、運営等、参加者のために最善を尽くしていました。子どもからシニア世代の人たちまで、皆が協力し、目立つ目立たないにかかわらず、必要に応じて積極的に動いていました。自らを惜しみなく差し出す姿勢から、神の恵みとあわれみがあふれ、参加者も奉仕者も共に恵まれたのです。

霊の賜物は、神の恵みを運ぶ経路と考えてはいかがでしょう。「神の様々な恵み」をご自身のからだと世の中に届けるために、神は私たちの賜物を用いられます。「それぞれが賜物を受けているのですから、神の様々な恵みの良い管理者として、その賜物を用いて互いに仕え合いなさい」(Ⅰペテロ4:10)

新約聖書には、他にも霊の賜物について語る箇所(ローマ12:3-8、Ⅰコリント12:27-31参照)がありますが、ペテロの手紙第一4章10-11節は、簡潔明快、基本の「き」です。神が賜物の送り主で、みこころのままに賜物をお与えになります。そして、賜物を授かった私たちキリストのからだは、恵みの配達人となるのです。

神の恵みは豊かで奥深く、多彩です。ですから、恵みを届ける方法や賜物もバラエティに富んでいます。それは、私たち一人一人が信仰者として成熟するのを助けるためです。各々、与えられた賜物を用いて、神を尊び、互いに仕え合うことができますように。

デイリーブレッド寄稿者Arthur Jackson

イエスを信じる一人一人が聖霊の働きによって霊の賜物を授かっています。しかし、キリスト者が教会の壁を越えて互いのために賜物を用いるとは、何を意味するのでしょう。
【このテーマは今月の以下のエッセーでも取り上げています。】
1日 神の意向によって仕える
8日 イエスに仕える
15日 真摯に祈る
22日 良い行いの器