Tag  |  迫害

神は頼れる

私は迫害を体験したことはありません。自分の信仰や言動がもとで、身に危険が及んだことは一度もありません。迫害については、読んだり、聞いたりした、わずかな知識があるだけです。しかし、世界の多くのクリスチャンの状況は、そういうものではありません。ただイエスを愛しているというだけで、また、イエスをみんなに知ってもらいたいと思うだけで、毎日生命の危険にさらされて生きている人たちがたくさんいます。

肉体が危険にさらされるのではなく、心が張り裂けてしまうような迫害もあります。愛する家族がクリスチャンではなく、キリストを信じる信仰をさげすんだり、神を愛し賛美することを愚弄(ぐろう)したりすることです。こんなことが続くと、自分は家族に愛されていない、受け入れられていないと感じてしまいます。

使徒パウロは「キリスト・イエスにあって敬虔に生きようと願う者はみな、迫害を受けます」と警告しています(Ⅱテモ3:12)。あなたに拒絶を体験させるのが、あなたの家族である場合もあります(マタ10:34-36)。自分の家族が神を拒絶すると、神を愛する私たちは、自分が拒絶されたかのように感じます。

イエスは「迫害する者のために祈りなさい」と言われましたが(マタ5:44)、その迫害者は、私たちを嫌う他人だけとは限りません。しかし、神は特別な恵みをくださって、その迫害を耐え忍ぶことができるようにしてくださいます。

笑いごとでない

1年で聖書を!
◆ 哀歌3-5
◆ ヘブル10:19-39
聖書のみことば ピリピ1:12-20

 
キリスト・イエスにあって敬虔に生きようと願う者はみな、迫害を受けます。
―Ⅱテモテ3:12

ショッピングモールを妻と一緒に歩いていると、Tシャツを売る屋台がありました。ほとんどのTシャツには、ユーモアあるメッセージが書かれています。しかし、「クリスチャンがいっぱい、ライオンは少し」という困惑する文句のTシャツがあることにも気づきました。1世紀のローマ帝国では、コロシアムにクリスチャンとライオンを放り込んで見世物にしたのですが、これには少しも笑えませんでした。