1年で聖書を!
◆ エゼキエル書24-26
◆ Ⅰペテロ2
聖書のみことば 詩篇42:1-11
 
わがたましいよ。なぜ、おまえはうなだれているのか。……神を待ち望め。私はなおも神をほめたたえる。―詩篇42:5

ミネソタ大学の研究者たちの調査によると、アメリカの10代の若者の約15パーセントは、自分はきっと35歳になる前に死んでいるだろうと思っているそうです。この種の悲観的な物の見方をする人たちは、無鉄砲で奔放な傾向にあるようです。この研究を小児科学会誌に発表したボロスキー博士は、「こうした若者は危険なことをしがちです。なぜなら、絶望感にさいなまれ、自分には失うものなど何もないと思っているからです」と語っています。

「もう、どうしようもない」と思ったことのない人はいません。詩篇には、人生の暗闇から助けを求める歌が、繰り返しつづられています。例えば「わがたましいよ。なぜ、おまえはうなだれているのか。私の前で思い乱れているのか。神を待ち望め。私はなおも神をほめたたえる」(詩42:5)です。詩篇の作者は、大胆な信仰にぐっと自分を押し出して、神を忘れてはいけない、と自分に言い聞かせます。神は決して、彼を見捨てることがないからです。
 

聖ヨハネ修道会の修道士カーティス・アルムクイストは、「希望は、神の存在によって燃え上がり…自分の人生における神の未来によっても燃え上がる」と語っています。私たちも詩篇の作者と一緒になって、「私はなおも神をほめたたえる」(5節)と言うことができます。

「もうだめだ!」と思ったら、躊躇せずに助けを求めましょう。クリスチャンなら、そうしましょう。信仰や祈りを単純すぎると思ってはいけません。希望は常に神の内にあります。

(David McCasland)

希望の基はキリストなのだから、クリスチャンにとって希望は確かなものだ。