シングルマザーが必死で家計のやり繰りをしていました。小さな台所に空っぽのかごがありました。彼女はため息をついて、 「せめて果物でもあれば、少しは豊かな気持ちになれるのに」と言いました。3歳の娘が、その言葉を聞いていました。
神はふたりを養ってくださいましたが、厳しい状況は変わりません。そんなある日、娘が飛び跳ねながら、 「ママ、見て!私たちはお金持ちよ!」と言いました。何ということはありません。安いりんごを買ってかごに入れていたのです。
イスラエルの指導者ヨシュアは、死を前にして、神のメッセージを語りました。「あなたがたは…長い間、荒野に住んだ…わたしは、あなたがたが得るのに労しなかった地と、あなたがたが建てなかった町々を、あなたがたに与えたので、あなたがたはそこに住み、自分で植えなかったぶどう畑で…食べている」(ヨシ24:13)。ヨシュアは大きな石を立て、神が養ってくださることを思い出す石ぶみとしました(26節)。
あの親子も苦しい日々を乗り越えて、今は庭付きの家に住んでいます。そして、イスラエルの民のように、前の持ち主が植えた果樹の恩恵を被っています。もしその家を訪れたなら、果物でいっぱいのかごを見つけるでしょう。それは、神が良いお方であること、また、幼い娘を通して信仰と喜びがふたりに注がれたことを思い出させてくれます。
神が養ってくださったことを覚えて感謝しよう。今からして くださることに感謝しよう。それから、「主よ、私に何をして 欲しいですか」と尋ねよう。そして、神を信頼しよう。
神がここまで養ってくださったことを思い出すなら、 それは今日を生きる希望となり、力となる。