表舞台に立つ前夜、彼女は眠れませんでした。障害と戦いながら学ぶ自分のために寄付を募るイベントが教会で開かれます。彼女は自分の資質や信仰を思い巡らし、その資格が自分にあるかしらと疑いました。翌日、不安なまま机に向かい、紙とペンを取り出して詩を書きました。この女性は若き日のシャーロット・エリオットです。その詩は後に賛美歌になりました。

「あるがままわれを、血をもてあがない、イエス招きたもう、み許にわれゆく」(讃美歌21, 433番)

この詩は1835年に書かれましたが、イエスが弟子たちを招かれた様を表したものです。弟子たちにその資格があったわけではありませんが、イエスはあるがままの彼らを召されました。取税人や熱心党員、野心家の兄弟(マコ10:35-37参照)、イエスを裏切ったイスカリオテのユダ(マタ10:4)など当時の劣等生たちです。イエスは、彼らに「病人を癒やし、死人を生き返らせ、ツァラアトに冒された者をきよめ、悪霊どもを追い出」す権威を与え、ただで受けたのだから、ただで与えよと命じて送り出されました(8節)。彼らは、着替えも履物も、杖(つえ)すら持たずに行きました(9-10節)。

イエスは「あなたがたを遣わします」(16節)と言われたので、それだけで十分でした。私たちもイエスに「はい」と言うなら、それで十分です。