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Patricia Raybon

Patricia Raybon

パトリシア・レイボン氏は、デンバーポスト紙日曜版の元編集者、コロラド大学ボルダー校のジャーナリズム科元准教授です。現在は、神と人を愛するインスピレーションとなるような著書を手掛けています。彼女の目指すのは、恵みをもって信仰と人種問題に取り組むことです。みことばを愛し、世界各地の聖書翻訳プロジェクトにもかかわっています。数々の賞を受賞した著作には、"My First White Friend" "I Told the Mountain to Move"が含まれます。母であり妻であるレイボン氏は、夫ダンとコロラド州に暮らしています。レイボン氏の詳細は、patriciaraybon.comをご覧ください。(英語のみ)

寄稿一覧 Patricia Raybon

強固な守備

孫たち中学1年生のチームは、シュートを決めようと頑張っていました。熱のこもった攻撃でしたが、「シュートが決まったら、さっさと自陣に戻って守りなさい」とコーチに指示されていました。時には、渋々従っていたようでした。皆、得点はしたいけれど、守備を固める地味な役目を担いたくはなさそうです。

より合わさった強い糸のように

孤児院育ちのリリアン・コロンは、世界的なダンスカンパニー初のラテン系ダンサーになりました。400人の中からオーディションで選ばれました。そしてラインダンス集団で40代半ばまで活躍し、70代の今もダンスを教えています。芸術的なダンスから得た最大の教訓は「協力」だと語ります。「舞台の上でも下でも、私たちは、より合わさった強い糸のようでした。支え合いと思いやりで、人はより良くやっていけます」と述べました。

復活の力

その月の光熱費の請求は、いつもより高く100ドルでした。しかし、ロレッタは「神が必要を満たしてくださる」と息子に言いました。ちょうどその日、「いつも励ましてくれる姉さんにお礼をしたい」と弟からショートメッセージがあり、100ドルの入ったギフトカードが郵送されてきました。奇跡、それとも、偶然でしょうか。

信仰によって前進する

カリフォルニア州の弁護士資格を取得するためには、非常に難しい3日間の試験に合格しなければなりません。マクシー・ファイラーは、1度や2度ではなく、合格までに48回受験しました。その目的は、彼の愛する町コンプトンで、立場の弱い人たちを弁護するためです。最初の挑戦から合格までの25年間、ファイラー夫妻は、7人の子を育て、全員を大学に進ませました。就任の宣誓の時、判事はこう言いました。「マクシー・ファイラーに関する三つの言葉。粘り、粘り、そして粘り」

苦闘が育む力

ある少年が、中でもがくチョウを助けようと、さなぎを開いてしまいました。チョウは、苦しみから解放されましたが、飛ぶことなく、地に落ちて死にました。少年は、生き抜く力を育む機会をチョウから奪ってしまったのです。

愛を学ぶ

黒人の女子生徒、ドロシー・カウンツが、全員白人の高校に入学した日、ウッディ・クーパーは騒動の中で突っ立っていました。男子生徒が人種差別的な言葉を叫んで彼女にゴミを投げつけても、彼女に唾を吐けと女子生徒をけしかける人がいても止めませんでした。そして自問しました。「なぜ、黙っていたんだ。彼女はただ学校に来ているだけじゃないか」。ウッディはすべきことをしなかったという良心の呵責(かしゃく)に何十年も苦しみました。特に、あの状況を写した報道写真に自分の姿を見てからは……。そして、49年後、ついにドロシーに直接謝罪しました。

神にしがみつく

校区のレスリング大会がありました。8歳以上の子どもたちは、体育館のレスリングマットで相手と組合い、抑えたり、倒したりして、勝利を目指します。レスリングは古代の格闘技で、機転を利かせてタックル、エスケープ、ピンなど、ポイントが入る技術を組み合わせます。ある3年生の少女が、観客を沸かせていました。彼女は俊敏な動きと巧みな戦術で相手を翻弄(ほんろう)し、次々と勝利を収めていました。

幼子キリストを探し求める

ピーター・トゥルチは、創作や文章表現を指導する大学教授です。彼は「地図を見ることは、そこにある冒険を探し出すこと。地図に向かって『物語を聞かせてくれ』と言うこと」と語っています。

隣人とは誰か

マリーは見舞いに来たラヒームを見てにっこりしました。彼は命の恩人です。自宅前で転倒し脳内出血を起こした時、宅配業務中のラヒームが気付き、救急車を呼んでくれたのです。彼はお見舞いに小さな菓子を持参します。それもまたマリーの回復を助けてくれます。ラヒームはイスラム文化に由来する名前です。私は良きサマリア人のたとえ話を思い出しました。