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Patricia Raybon

Patricia Raybon

パトリシア・レイボン氏は、デンバーポスト紙日曜版の元編集者、コロラド大学ボルダー校のジャーナリズム科元准教授です。現在は、神と人を愛するインスピレーションとなるような著書を手掛けています。彼女の目指すのは、恵みをもって信仰と人種問題に取り組むことです。みことばを愛し、世界各地の聖書翻訳プロジェクトにもかかわっています。 数々の賞を受賞した著作には、「My First White Friend」「I Told the Mountain to Move」が含まれます。成人した子どもふたりと孫が5人あり、現在は夫ダンとコロラド州で暮らしています。ふたりは、ポップコーンを食べながら映画を観たり、テレビドラマを楽しんだりしています。レイボン氏の詳細は、patriciaraybon.comをご覧ください。(英語のみ)

寄稿一覧 Patricia Raybon

フレンドシップベンチ

戦争のトラウマと高い失業率で絶望したジンバブエの人々は「フレンドシップベンチ」で希望を見つけました。そこには傾聴の訓練を受けた優しい年配の女性たちがいて、うつ状態にある人々の話を聴いてくれるのです。

歩調を合わせて

電気時計が発明された1840年代と比べて、世の中はずいぶん変わりました。今はスマホやスマートウォッチ、パソコンで時間を チェックし、生活のスピードは上がり、散歩のペースさえ速くなりました。都会では特にそうで、健康に悪いと学者たちは語ります。リチャード・ワイズマン教授は「私たちは、どんどん急ぎ、すぐに返答しようとします。いつも追い立てられているようです」と述べています。

みことばに導かれて

ロンドンのBBC放送でポール・アーノルドの初めての仕事は、足音を作ることでした。ラジオ・ドラマの歩くシーンで、自分の足で台詞に合わせて効果音を作りました。彼によると、一番苦労したのは、俳優との共同制作になるように、彼の声や台詞のペースに合わせて作ることだったそうです。

神に願いを

夫が癌だと診断され、癒やしのために、どう祈るのが正しいのだろうと考えました。世界中には、戦争、飢饉、貧困、自然災害など、深刻な問題を抱えている人がたくさんいるのです。そんなある朝、夫の謙虚な祈りが聞こえてきました。「主よ。どうか癒やしてください。」単純な祈りですが、心の叫びでした。神は人の切なる願いを十分にお分かりなので、複雑な言葉を語らなくてよいと再確認させられる祈りでした。

よそ者を愛す

家族のひとりが他の宗教に改宗した後、イエスに立ち返るように諭しなさいと言われましたが、まずは、イエスのように彼女を愛することだと思いました。しかし、いっしょに外出すると、彼女の「外国風」の服装に顔をしかめたり「国へ帰れ」と暴言を吐いたりする人さえいます。ここが彼女の国なのに。

歌で強められる

第二次世界大戦中、ナチスから逃げたユダヤ人難民を、フランスのある村の人々がかくまいました。森の中に隠れていたユダヤ人たちに、出てきても大丈夫と知らせるために歌を歌いました。勇敢なル・シャンボン=シュル=リニョンの住人は、アンドレ・トロクメ牧師夫妻の呼びかけに応え、「プロテスタントの山」として知られている広い丘陵地帯で彼らを保護しました。歌で合図という行為は、村人の勇気の一端です。そのおかげで、3千人ものユダヤ人が死を免れました。

導きの光

雰囲気は良いのですが、やたら暗いレストランでした。明かりは、小さい卓上のろうそくのみ。客は、スマホのあかりでメニューを読んだり、何を食べているのかを見たりしていました。

出直す

廃棄自転車を修理して、貧しい子どもたちに無料で提供する店が近所にあります。創業者アーニー・クラークは、ホームレス、障害者、市民生活に順応できない帰還兵などにも再生自転車を寄付します。自転車に第二の人生があると同時に、それをもらった人が、再出発することもあります。ある帰還兵はこの自転車のおかげで就職の面接に行くことができました。

ゴミから宝へ

ごみ収集人ホセ・アルベルト・グティエレスの質素な家は、コロンビアの首都ボゴタにあるスラム街の険しい坂の上にあります。そこは2万5千冊を所蔵する無料図書館でもあります。彼は貧しい子どもたちのためにゴミの中から本を拾い集めました。週末、この家は子どもたちで大混雑です。彼らは、ぎっしり本のつまった部屋を回りながら、ホセおじさんの家は、宝の箱だと感じるのです。