ケンタッキー州のマンモス・ケーブにつながる巨大地下洞窟に、10代の活発な少年3人組が入っていきました。引率はこの洞窟の危険を熟知しているベテラン探検家のフランクです。ところが少年たちは、彼の「こっちだ!」という言葉を無視して勝手な道を進みます。それでフランクはヘッドランプを弱にして沈黙しました。少年らは彼を見失ったと恐怖に駆られ、フランクの名を呼びましたが、返事はありません。ようやく遠くでまたたく光を見て安堵(あんど)し、引率者に従う気になりました。

この話は実話ですが、聖霊との関係を示すたとえ話にもなります。寄り道の誘惑は「わたしに従いなさい」(マタ16:24)という御言葉を無視させようとします。しかし、その声の主は、神の子どもの内に宿る聖霊なのです(使2:38-39)。

聖霊は私たちを見捨てられませんが、従うか逆らうかの選択は私たちに託されています。ですから使徒パウロは「“霊”の火を消してはいけません」(Ⅰテサ5:19)と警告します。そして「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい」(16-18節)と勧めます。そうやって導き主のみそばにとどまると、「平和の神」が私たちを「非のうちどころのないもの」にしてくださいます(23節)。私たちの力ではありません。「あなたがたをお招きになった方は、真実で、必ずそのとおりにしてくださいます」(24節)と聖書は語ります。