高齢の女性が、熱い日に道で転倒し意識を失いました。数人が立ち止まり、119番に電話をしたり、自分の服を彼女の枕にしたり、脇の下を冷やしたり、日傘をさしてあげたりして、救急車の到着を待ちました。動画を投稿した人は、年齢や性別、人種を超えて、人々が救助のために協力していて、心温まる光景だったと書きました。

律法の専門家が、私の隣人とはだれですか、とイエスに尋ねました(ルカ10:29)。つまり、愛を実践する義理のある相手の範囲を尋ねたのです。するとイエスは、追いはぎに襲われ、道端で死にかかっていた人のたとえ話をされました(30-31節)。祭司とレビ人は、その人を避けて道の反対側を通りました。やがてサマリア人が足を止め、この人を助けました。特筆すべき点は、ユダヤ人とサマリア人は、歴史的に憎しみ合う間柄だったことです。しかし、サマリア人は、その人を「憐(あわ)れに思」(33節)って行動しました。

そこでイエスは尋ねられました。だれが倒れていた人の隣人だったか、と。律法の専門家は「その人を助けた人です」(37節)と答えました。イエスは「行って、あなたも同じようにしなさい」と言われました。彼だけではなく、私たちにも。

どうか、知り得た人全てが隣人だと思えますように。全ての人が神の被造物であり、私の助けを受けるに値する人だと考えられますように。そのような愛を持つように神が助けてくださいますように。