うつと共に生きる

【プロフィール】

陣内俊(じんないしゅん)さん
愛知県豊橋市職員(獣医師)、国際援助団体スタッフを経て現在NGO【「声なき者の友」の輪】執行役員。教会や大学での講演活動や、ユーチューブ・ポッドキャストでの情報発信を担う。コンサルティング事業「陣内義塾」運営。

陣内純子(じんないじゅんこ)さん
三重県出身、青山学院女子短期大学を卒業後、幼稚園教諭として勤務。現在は2人の娘を育てながら夫の働きをサポート。

――今日はうつ病と生きる経験、また家族として支える経験をお分かちくださるとのこと、ありがとうございます。

俊) 2013年の秋に燃え尽き症候群によるうつと診断されて、2年間全く動けなくなりました。

今振り返ると、2011年の後半ぐらいからおかしかったです。2010年に仲間と新しい団体を立ち上げた直後、東日本大震災が起きて、予定していた活動内容が大きく変わったんです。僕は毎月のように福島に行きました。自分が一番若かったので、気負いもありましたね。2012年5月には結婚して。数年で大きな変化が重なったんです。

何だか寝ても全然疲れが取れないとか、意志の力みたいなのが弱くなっている気がしてたんですが、「頑張り、あるいは祈りや信仰が足りないだけだ」と自分を追い込んでましたね。もうそれがすでにうつの症状だったかもしれません。

とうとう文字が読めなくなって、簡単なメールを返すのに2時間ぐらいかかるようになって。そこで「これは頑張りの問題じゃない、病気だ」って気付き、歩くのもやっとの状態で心療内科に行ったんです。診断されると、なんか烙印(らくいん)を押されたようで、さらに落ち込みましたね。

 

――純子さんから見ていて「あれ、おかしい」と思うことはありましたか?

純子) 結婚前に1度激しい落ち込みがあったけど、持ち直して元気になったんです。結婚した年の夏にまた激しい落ち込みが来て、仕事は何とかこなしてたんですが、朝お布団から出られないとかが続きました。

さすがに「何なんだろう?」とは思いました。一緒に聖書を読んで、祈って、励ましたけど、全然元気にならなくて、その年の11月に初めて「死にたい」って言われて。「そんなこと言わないでよ」って一緒に泣いたんですけど、頻繁に「死にたい」って口に出すようになりました。翌年の秋、うつと診断されて正直ちょっとホッとしました。

 

――回復に2年かかるとは、当初思っておられなかったのではないでしょうか?

俊) 2カ月ぐらいだと思ってましたよ。まず抗うつ薬を処方されて1カ月ぐらい飲みましたね。効く人には効くみたいですが、僕の場合は全然改善しないし、むしろ副作用でさらにつらくなる。それで漢方に切り替えたんですが、2カ月ぐらい飲んでも何も変わらなくて。最終的に「ただ休みましょう」ということになりました。

いくつかカウンセリングも受けましたけど、僕の場合は回復に直結はしませんでした。ただ、あるクリスチャンカウンセラーのアドバイスにはすごく助けられました。「頑張らなきゃ」って思い込むのもうつの症状の一つなんですが、最初の頃は回復に良いって聞いて、頑張ってジョギングしてたんです。でも人が怖くて、サングラスをして泣きながらやってた。それを話したら「直ちにやめなさい」と言ってくれました。「聖書も無理して読むべきではないし、教会も行かなくていい。ただ休みなさい」。すごく大切な助言でした。

うつというのは、脳が回復不能なまでに疲労した状態だから、薬やカウンセリングは二次的な治療法で、本質的にはじっくり休むしかないんです。でもそれが非常に難しくて、休んでる自分を肯定できるようになるのに1年ぐらいかかりました。

 

――実際にご自身が経験されて、うつやメンタルヘルスへのイメージに何か変化はありましたか?

俊) 以前から興味はあって、本を読んだり、映画を見たりしてたんです。当事者のお話を聞くこともありました。

でも実際には、思ってたのと全然違いましたね。「心と体が鉛になった感じ」とか「インフルエンザで寝込むのの10倍ぐらいつらいのがずっと続く」って表現する人もいるんですけど、本当にそんな感じですね。

「うつは心の風邪」っていう言い方は「誰でもかかり得る」ということを伝える意味ではいいんだけど、語弊があると思います。実際は風邪なんて生易しいものではなくて、マラリアやエボラ出血熱みたいに命に関わる。ある方が「うつ病の自殺っていうのは燃えている高層ビルからの飛び降りだ。命を軽く見てるんじゃなくて、炎が迫る中で何とか生きようという本能に突き動かされてしまう」って書いてましたけど、自分がなってみて「これはマジで死ぬぞ」と思いました。毎瞬間がつらいし、出口が見えないんです。

うつの最中は聖書も読めないし祈れないけど、それなりに神様に「治してください」って訴えてました。でも半年、1年経っても何の答えもない。もう腹が立ってきて、「イエス様、今までありがとうございました。さようなら」ってお祈りしましたね。でも振り返ると、人生で最も深く神を信頼したのはあの瞬間だったと思ってます。あの瞬間から休めるようになったような気がします。

あと、脳内では「お前は何もしないで休んでるダメなやつだ」っていう声がこだましてる中で、妻が「休んで偉いよ」って言い続けてくれたのも大きかったです。教会に行けない時も、その都度「私が代わりに礼拝してくるから大丈夫」って声を掛けてくれて。

 

――純子さんご自身が心の健康を保つためになさったことはありますか?

純子) まず人に相談することですね。でも誰にでも話せるわけじゃなくて。アドバイスや励ましを下さる方もいたんですけど、その時はただ一緒に泣いてほしかったですね。幸いそういう人が周りにいてくれて。高校時代からの友人に統合失調症の方がいて、特に彼女が主人の苦しみをすごくよく分かってくれて。本当に慰められました。

あと自分自身がハッピーでいることをすごく大事にしました。「彼は寝室で冬眠してる」と思って、お笑い番組を見てとにかく笑うとか、甘いもの食べたりとか。彼が出てきたときに笑顔で一緒に過ごせるようにしました。

でも一番のセルフケアは、彼がいないところで、神様にしか言えない思いを注ぎだしてひたすら泣くことだったと思います。そこで聖霊様から力を頂いて、主人に笑顔で接する、そんな毎日でした。

普段はノートとかに祈りを書き出したりするんですけど、本当につらいとただ「神様……」だけのときもありました。でも不思議と一番慰めを頂いたのはそういうときでした。

俊) 2015年の暮れぐらいから、やっと徐々に働けるようになっていきました。最初の頃は体力がなくて、1日出かけて誰かと会うと、次の日は休まないといけない。でも少しずつ復帰することができました。

ただその後、5、6回再発してるんです。大体2年に1回、夏が多いんですけど、突然です。前日までピンピンしてて、仕事も楽しいし充実してる。でも、パソコンが急にシャットダウンするみたいに、脳が突然止まる。絶望と死にたい気持ちが襲ってきて、うつにワープするんです。そうなると、コーヒー入れるのも重労働、本も読めない。2、3カ月それが続いて、ある日突然「もう大丈夫だ」ってなるんです。気温も関係してるみたいですけど、原因は本当に分かりません。

 

――現在うつやメンタルヘルスの課題に取り組んでおられる方、またそのご家族に伝えたいことはありますか?

俊) うつの体験について話したり書いたりするようになったら、「実は私も……」みたいなことをすごく聞くようになったんです。カミングアウトした人にしか打ち明けられないっていうのがあるんだと思います。

だけど、その方々に何か言えることがあるかというと、本当にないんです。「大変ですよね」と言うことしかできません。100人いたら100通りのうつがあって、もちろん他の病気もあるし。

ただ「自分は何も社会の役に立ってない」っていうことが、一番つらいと思うんです。だから、伝えられることがあるとすれば、「あなたが今生きてるってこと自体がものすごいことだ」ということ。これは経験した人でないと実感を込めて言うのが難しい言葉だろうと思います。

 

純子) 私も、もう本当に「大変ですね」としか…。当事者の方はもちろんですけど、支えてる人も同じぐらい大変。自分のつらさを過小評価しないでくださいっていうことは伝えられるかな。自分自身も大切にしてほしい。私も周りの方にそう言っていただいて、助けられました。

 

――最後に、この経験を通して学んだことがあれば教えてください。

純子) 当事者の方たちがどれほど強いかっていうことですね。ただただ、すごいとしか思えないです。高校時代から統合失調症の友だちと関わってきて、よく知ってるつもりだったんですけど、主人がうつになって初めて「こんなにつらいの!?」って、ものすごい衝撃でした。私はずっと彼女を支える側だと思ってたんです。でも主人がうつの時に、一番慰めてくれたのは彼女でした。

彼女は「死ね」とかいう幻聴と一緒に歩んでるんです。だから私が普通にできることが彼女にとっては難しい。主人は落ち込みや罪悪感、焦りとか、病気からくるいろんなものと戦っている。正直、自分だったら耐えられないと思います。でも2人とも「それでも生きてく」って言うんです。弱いからうつや精神疾患になるんじゃない。むしろ、病気と共に生きる人の強さをすごく尊敬するようになりました。

 

俊) すごく深い意味での信仰について学んだ気がします。でもそれは「祈れば治る」みたいな単純なことでは決してないです。そもそも、うつだと聖書も読めない、祈れない。でも「神様がいるなら何かがあるはずだ」と思っている自分が、どこかにいるんです。主観的には全くそう思えないんだけど。

回復途中でようやく読めたのが、ヨブ記、哀歌、そしてエレミヤ書。エレミヤ書38章でクシュ人エベデ・メレクっていう人が出てきて、穴に投げ込まれたエレミヤを助けるんです。ここでエレミヤは祈ってもなければ、神に奇跡を求めるでもない。ただただ彼に助けられた。

治った時に「これだな」と思いました。妻、そしてたくさんの方が祈って助けてくれた。それは神から助けてもらったことに他ならないわけです。「自分の回復に自分は何も関与していない」と胸を張って言える感じというか、「今、自分が生きてるのは自分ではない」っていう人生観に変えていただいたと思います。

希望の定義が変わった気がします。以前は「絶望は希望に置き換えられなきゃいけない」みたいな感覚があったけど、僕のあずかり知らないところで神様が描いておられる大きな絵があって、今神様はそれを完成させるための良きことをしてくださってる。だから安心して絶望できる。そんな信仰というか大きな信頼が、今ある気がします。



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