イエスはメイゼルを愛す
妹のメイゼルは幼い頃、皆に馴染みの讃美歌を「イエス、我を愛す。聖書がメイゼルに語るので、我、それを知る」と歌っていました。私はそれを聞くたびにいらつきました。「賢いお姉さん」の私は、正しい歌詞は「メイゼルに語る」ではなく「私にそう語る」だと知っていたからです。しかし、妹は思うままの歌詞で歌いつづけました。
偉大なる愛
最近、もうすぐ二歳になる孫のモリアを一晩預かりました。ひとりで泊まりに来るのは初めてです。朝から晩まで付きっきりで世話をやき、いっしょに遊んでやりました。そして翌日、親元に送り届けてバイバイすると、戸口に置いてあったお泊まりバッグをつかんで私についてきました。
もしあの時、知っていたら
通勤の車で「親愛なる若い私へ」という歌を聴きました。その歌は、今の自分が昔の自分に会いに行ったなら何と言いますか、と優しく問いかけます。私は、今ほど賢明ではない若いときの自分に伝えたい知恵や警告を、いくつか思い浮かべました。もう一度やり直せるなら…と、人生のある時点で考えたことの無い人がいるでしょうか。
ちょっとした楽園
書斎の窓を開くと、鳥のさえずりが聞こえ、そよ風に揺れる木々が見えます。近所の畑には干し草の束がいくつも並び、抜けるような青い空に大きな白い雲が浮かんでいます。私は今、ちょっとした楽園を楽しんでいます。絶え間なく行き交う車の騒音と、腰の痛みを除けばの話ですが…。
悲しみから喜びへ
ケリーの出産は異常分娩になりました。しかし大変な難産の末、無事に産まれた息子を抱くと、彼女は痛みを忘れてしまいました。苦しみが喜びに変わったのです。
着る
著書『神を着る』の中で、ローレン・ウィナーは、服装は、地域や職業、個性、雰囲気、社会的地位など、その人を語ると言います。スローガン入りTシャツ、背広、制服、作業着などは良い例です。彼女はまた「装いが語るように、無言でイエスを語れる」という考え方は素敵だと言います。
喜ぶ心
孫のモリアの大好きな曲は、ジョン・フィリップ・スーザの行進曲です。スーザは19世紀末のアメリカの作曲家で「マーチ王」と呼ばれました。モリアは一歳半の女の子ですから、ブラスバンド部に属しているわけではありません。ただこの曲が大好きで、ハミングできる部分さえあります。家族が集まると、手を叩いたり陽気な音を出したりしてこの曲をハミングするので、彼女は、これが楽しい音楽だと分かっています。孫たちは踊ったり、輪になってぐるぐる行進したりして、最後には目を回してふらふらになり大笑いしたりします。
とてもよい!
ひとつのテーマが流れているような日が続くことがありませんか。私は最近、そのような経験をしました。まず、日曜日の礼拝メッセージは創世記1章からでしたが、牧師は花が開いていく様子を2分間に凝縮した美しい映像を見せました。家でソーシャルネットワークを開くと、様々な人が花の写真を次から次へとアップしていました。後日、森を散歩すると、エンレイソウ、リュウキンカ、野生のアイリスといった春の野花が美しく咲きみだれていました。
ともに過ごす
親戚の結婚式から車で二時間かけて帰る道、母が仕事はどうかと尋ねました。この質問は三度目です。そのたびに、初めて聞かれたかのように同じ答えを繰り返しながら、どうやったら記憶に留めてもらえるかと考えていました。母はアルツハイマー病で記憶力が落ちています。いずれは、行動にも影響が出て話すことさえできなくなるでしょう。