神への愛を動機に仕える
父は働き者でしたが不器用で、配管や暖房、トラクターが壊れると、誰かが助けてくれました。そんな時、貧しくて応分のお礼ができなくても、何とか払おうとしましたが、相手は受け取りません。彼らは困っている人を助けたかったのです。
神の愛の業
私の町の植物園は、郡の拘置所の隣にありますが、友人のジョアンは、その両方に行くのが好きだと言っていました。植物園では、ベンチに座り、自分を愛して人生を導いてくださった神に思いを巡らし、拘置所では、神から遠く離れ、何度も間違った選択をした自分を、神が救ってくださった話を、拘留中の人たちにするのです。彼女はよく私に自分の夢を熱く語りました。それは、いつか拘置所の女性たち皆が、神の愛を理解し体験するようになることでした。
和解とへりくだり
子どもの頃、隣町に親戚が住んでいましたが、私の家族とは疎遠でした。食料品店で会っても知らん顔。私たちは当時、教会に行っていなかったので、いとこたちは、そういう人間とは付き合うなと親に言われていました。それで、後年、私の長兄の葬儀に、いとこの一人が来てくれた時は驚きました。彼は、私たち一人一人に謙虚に謝ってくれました。私たちの関係は、ここから修復に向かいました。
神の割り込み
サラは朝、その日にやることを書き出しましたが、家を失った家族にガソリンカードを届けてほしいと急に頼まれました。自分の予定を脇に置いても承諾するのが御心だと思い、教会にカードを取りに出かけると、教会が手配した宿舎はずいぶん遠いと分かりました。サラは「神よ、ガソリン代がかかりすぎます!」と言いました。すると、「君の必要をずっと賄ってきたでしょ?」と、聖霊がささやかれたかに感じました。彼女は、「そうでした。赦(ゆる)してください」と祈りました。そして目的地に着くと、くだんの夫婦にカードを渡し、彼らの赤ちゃんを抱っこさせてもらいました。帰宅の道すがら、神に感謝しました。こんなにシンプルで、こんなに幸せな気分になる奉仕を下さったのですから。
キリストの教会
隣人のスーダン人の家族と一緒に表で遊んでいた時のことです。彼らの隣家から歌声が聞こえてきました。数人の人が庭に集まって礼拝をしているようです。スーダン人の若い母親が好奇心を示したので二人で近づくと、彼らは私たちを招き入れてくれました。すると、若い男性が水を張った浴槽のようなものの脇に立って、罪が赦(ゆる)され、これからはイエスに従っていくと語っていました。隣家の庭で救いの証しを聞く機会などめったにありません。この時彼らは、教会名はなくても、まさに教会でした。
神は祈りを聞かれる
友人のクリスティンは、最近、進行性のがんだと診断された叔母の家に、夫と共に食事に行きました。食事の前に「何かひと言ある人はいますか」と叔父が言いました。クリスティンは「祈りたい人はいますか」という意味だと分かりました。叔父はキリスト者ではありませんが、クリスティンの信仰を知っているので、こう言ったのです。彼女は、神の守りを感謝し、叔母のために奇跡をと、心から祈りました。
神の道は愛
時間に余裕ができたので、しばらくは可能な限り人に仕えて過ごそうと考えていました。しかし、人の手伝いをしている最中に転倒し、腕を3カ所骨折しました。突然、逆の立場になったのです。いろいろな人が、お見舞いに来てくれたり、電話やメール、カード、花、好物のチョコレートをくれたりしました。祈ってくれたり、食事を持ってきてくれたり、お使いも頼まれてくれました。親族や友人、教会の人たちに、本当にお世話になり、心が温かくなりました。まるで神が「じっとしなさい。あなたは助けが必要です。人を支援するさまざまな形をまず体験しなさい」と言われたようでした。私は、この人たちのおかげで、心から仕えることをさらに知り、そういう人たちの存在や行為を神に感謝しました。
神は守られる
アメリカ全土の裕福な人たちが、小・中・高を通して学業優秀な生徒を後援し、居住する地域の州立または公立大学の4年間の学費を肩代わりするという約束をしました。ある調査によると、このニュースに奮い立つ生徒が、家の経済状態にかかわらず、多数現れたそうです。ある教師は「考え方の大転換をもたらしました。幼稚園児が皆、大学に行くと言います。実際そうなるでしょう」と語ります。近未来の約束が将来の目標と希望をくれたのです。
キリストと共に走る
父が学生時代に陸上競技で獲得したトロフィーが棚で輝いているのを見て、7歳のトムは、自分も一つ欲しいと思いました。「お父さん、トロフィーを一つもらってもいい?」ところが、父は驚いたことに「いや、これはお父さんのものだ」と答えました。「お父さんが頑張った証しだ。お前も頑張って自分のトロフィーをもらいなさい」。そして、トムが一定時間内に近所の一画を走れたら(父が息子に可能な範囲を設定)、トロフィーをあげようと提案しました。トムは父の指導を受けて練習し、1週間後、父の応援を受けて走りました。7歳の少年は自制や努力を学び、父は褒美を与えて息子を祝福しました。