希望はあるか?
私は父の墓のそばに静かに座って、母の納骨式が始まるのを待っていました。司式者が母の骨壺を運んで来ました。私は放心状態で、感じることも考えることもできません。たった3ヶ月の内に父母を相次いで失い、どうすればよいのか分かりませんでした。深い悲しみの中で喪失感と孤独感が募り、ふたりのいない今後に不安を感じていました。
あるがまま我を
ある演奏会で「あるがまま我を」が紹介されたとき、私は懐かしい思い出に包まれました。昔、教会で牧師はメッセージの後に、「キリストがくださる罪の赦しを受け取りたい人は前に来てください」と言い、会衆はこの賛美歌を歌いました。「あるがまま我を 血をもて贖い イエス招き給う み許にわれゆく。」
不安について学ぶ
水の入った大きなコップを渡されて、「胸の高さで持ってみて」と友人に言われました。ところが、時間が経つほどに腕がだるくなって、コップはどんどん重くなり、ついに手をおろしてしまいました。友人は言いました。「心配は、これに似ていると分かったの。いつまでも心配していると、心がどんどん重たくなっていくわ。」
硬い岩
悲しいことに「オールドマン・オブザ・マウンテン(山の老人)」が、2003年5月に崩落しました。これは米国ニューハンプシャー州ホワイトマウンテンにあった高さ12メートルほどの自然の岩で、老人の顔のような形をしていました。昔からの観光名所で州の紋章のデザインにもなり、付近の住民にとっては心のよりどころのような存在でした。ホーソーンの短編小説「人面の大岩」の題材にもなっています。
何を求めて いるのか?
友人のメアリーは礼拝で賛美するとき、一部の歌詞やサビの部分を歌わないといいます。彼女は言います。「本当はあれこれ欲しがっているのに、『イエスは私のすべて』などと歌うのは、正直ではないと思うの。」神の前に正直でいたいという彼女の姿は、素晴らしいと思いました。
嵐の中の碇
マットとジェシカはヨットで航行していました。ハリケーン・サンディが近づいたのでフロリダの入り江に避難しようとしましたが、浅瀬に乗り上げてしまいました。大波が打ち寄せる中、彼らはすぐ碇(いかり)を下ろしました。そのおかげでヨットは動かず、彼らも救助されました。もし、碇を下ろさなかったら、容赦なく押し寄せる波に翻弄され、ヨットは海岸に打ち付けられてバラバラになっていたでしょう。
お心ひとつで
モリーはパパに助けて欲しかったのですが、言い出せませんでした。パパはパソコンで仕事をしているときは、邪魔されたくないのです。今、話しかけると機嫌をそこねるかもしれないと思って、できませんでした。
あらゆる助け
コネチカット州ニュータウンの小学校で銃乱射事件が起きたとき、大勢の人々は、何かをしなければという気持ちになりました。それで、けが人のために献血をした人がいたり、救援に従事する人たちに無料でランチやコーヒーを提供したレストランもありました。慰めの手紙を書いたり、ただ抱きしめる人たちもいました。子どもたちのために募金をしたり、ぬいぐるみを送ったり、カウンセリングを申し出る人たちもいました。それぞれが自分の性格や能力にふさわしく、自分の持っているもので、自分にできることをしました。
苺だらけ
私たち夫婦は最近、新しい家に引っ越したのですが、近所に住む男性が大きな箱一杯の苺を家の前の歩道に置いていきました。箱には「近所の方々にお裾分けします」というメモがありました。ところが、その箱を子どもたちがどの大人よりも早く見つけたため、男性の善意が騒動の種になりました。子どもたちは、私たちの白い家に苺投げをして楽しんだのです。そして、私たちが帰宅すると、塀の陰に隠れて私たちの様子を見ていました。「犯行現場に戻って来た犯人たち」は、その状態に私たちがどう反応するか、興味津々でした。私たちは、自分たちだけでぐちゃぐちゃの苺を片づけ、壁のシミをふき取ることもできましたが、子どもたちと話をし、いっしょに後片付けをすることが後々のために大切だと思って、そのようにしました。