イエスの愛
あまりないことですが、一日に3度同じ歌を聴きました。まず、昼過ぎに高齢者施設の合唱クラブに出席しました。祈って集会を終わろうとすると、入所者のウィリーが、「『主我を愛す』をいっしょに歌ってください」と言いました。夕方にはユースグループの集会に出席しました。そこで青年たちは、手拍子をしたり、足を打ち鳴らしたりして同じ曲を歌いました。その夜遅く、携帯電話にメールが届きました。メールには添付ファイルがついていて、それを開くと、2歳半になる姪の娘が可愛い声で「主は強ければ、我弱くとも…」と歌っていました。その日、90代、10代、そして幼児が、ひとつの歌を歌っていました。
助手大募集
助手という言葉には、一人前ではないというイメージがあります。確かに、電気工や配管工などは、熟練工の助手をしながら見習い修行をします。新人弁護士は、ベテランの助手をしながら経験を積みます。この人たちは、その職業においてそれほど腕が良いわけではないので、見くびられているのかもしれません。しかし、仕事を完成させるためには、彼らの働きも必要です。
ふたりの人
私が住んでいる町で、同じ日にふたりの人が殺されました。ひとりは警察官で、ある家族を助けようとして撃たれました。もうひとりはホームレスの男性で、その日の早い時間、友人たちと飲んでいるところを撃たれました。
ご近所さん
家の周りのフェンスがかなり傷んできたので、私たち夫婦は倒れる前に取り外すことにしました。取り外すのはとても簡単で、ある日の午後、ふたりで作業をするとあっという間に終わりました。数週間後、夫が庭を掃いていると犬を散歩させていた婦人が立ち止まって、「このお庭は垣根がない方がずっといいわね。それに私、フェンスには反対なの」と言いました。彼女は「コミュニティ」(共同体)を大切にしたいので、人を隔てるものは欲しくないのだそうです。
取消されたクリスマス
去年は、クリスマスがキャンセルされたようでした。私たちは、ミズーリ州の実家に帰るはずでしたが、降雪で乗り継ぎの飛行機が欠航になりました。ここ何年も、親族がそろってクリスマスを祝うことが慣例でしたから、ミネソタ州まで飛びながら、ミシガン州の家に逆戻りしなければいけなかったときは、本当にがっかりしました。
与える競争
クリスマスの時期に、面白いなと思ったテレビのコマーシャルがあります。お隣さん同士が仲良く競い合ってクリスマスムードを盛り上げるというものです。両家は相手を横目で見ながら、クリスマスツリーやイルミネーションなどを競い合ってどんどん豪華に飾り付けます。そして、どちらがより豪勢に近所のみんなに贈り物ができるかと競って、楽しそうに走り回るのです。
ストレッチ一回
サラは何年も腰痛に悩まされていて、ますますひどくなってきました。理学療法士に診てもらうと、毎日25種類のストレッチをするように言われました。それをすると少しはましになりましたが、完全に治ったわけではありません。そこでレントゲンを撮り、別の理学療法士のところに行くと、それまでのストレッチは止めて、一日一種類のストレッチを必要に応じてするように言われました。驚いたことに、その方法が最もよく効いたのです。
罪をやっつけた正義の味方
少し前ですが「あなたが罪を犯さないでいられた、一番長い期間とはどのぐらいですか。一週間、一日、それとも1時間ですか」と尋ねられました。なかなかきびしい質問です。正直な人なら、罪を犯さなかった日は一日もないと言うでしょう。しかし、この一週間を振り返って、神に「〇〇の罪を犯しました」と告白したことがあるかというと、それは無いかもしれません。そういう場合でも、この一週間、思いでも行いでも、まったく罪を犯さなかったと言うなら、それは自分を欺いていることになります。
良い行いへの報い
私たちの教会では、子どもたちは、良い行いをするとカードをもらいます。良い選択をすると褒美をもらいます。彼らはカードや褒美を集めています。私たちの教会は、子どもたちの悪い行いに注目するのではなく、良い行いに目を向けるようにしています。