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Arthur Jackson

Arthur Jackson

アーサー・ジャクソン師はシカゴ地域で28年間、教会の牧師として奉仕した後、2016年秋、夫婦で故郷のカンザスシティーに戻りました。「デイリーブレッド」の寄稿者として奉仕するかたわら、牧師の健全性に寄与する団体であるPastorServeの地域ディレクター、また教会開拓の働きNeopolis Networkのディレクターとしても奉仕しています。

寄稿一覧 Arthur Jackson

憎しみよりも強い

母のシャロンダが殺されてから24時間もしないのに、クリスは「愛は憎しみより強い」と呟いている自分に気づきました。彼の母は、水曜日のバイブルスタディに参加していた他の8人とともに、サウスカロライナ州チャールストンの教会銃撃事件の被害者になりました。それなのに、何がこのティーンエイジャーの口に恵みに満ちた言葉をのぼらせたのでしょう。彼はキリスト者で「心を尽くしてすべての人を愛した」女性の息子でした。

約束を守るお方

ジョナサンは誓約の重大さに圧倒され、結婚式の後も動揺していました。披露宴の後、新婦のラションと礼拝堂に戻り、神の助けを得て妻を愛しいつくしめるように祈りつづけました。2時間以上もです。約束を守り切れるかという不安は、ジョナサンが人間の弱さを自覚していたからです。しかし、神にその不安はありません。この神は、アブラハムの子孫を通じて全人類を祝福すると約束されました(ガラ3:16)。

伝道

ブリタニーは店で同僚に叫びました。「あの人よ、あの人!」メルビンです。ふたりの出会いはこうでした。メルビンが教会の芝生を刈っていると、通りすがりの娼婦とおぼしき人に話しかけるように聖霊に促されました。教会にいらっしゃいと招くと、「何で?嫌がられるだけじゃない」と答えました。彼は、イエスが愛しておられる、神の力が必ず人生を変えてくれると言い、彼女は涙を流しました。ブリタニーは今、違う仕事に就き、人生を変えるイエスの力の生き証人です。

信頼あるのみ

朝食の席に300人の子どもが座り、感謝の祈りをささげました。しかし、食卓には何もありません。この孤児院の運営者、伝道者のジョージ・ミュラー(1805年~1898年)にとって、これは珍しい光景ではありません。神の奇跡を見るさらなる機会です。彼が祈り終わると、パン屋が戸口に現れました。昨夜は眠れなかったので、孤児院のために焼き窯3つ分のパンを焼いて来たと言います。直後に牛乳屋が現れました。運搬車が孤児院の前で壊れたので、積み荷の牛乳を無駄にしないために提供すると言います。

苦言の価値

早春の清々しい日、妻と上機嫌で旅に出かけました。しかし途中で逆走の警告標識が無かったなら、旅は悲劇に転じていたことでしょう。私は曲がり角で反対車線に入りそうになりましたが、「侵入禁止」の標識が目に入り、即座に進路を変更して戻りました。もし無視して走りつづけたなら、どうなっていたでしょう。考えただけでもゾッとします。

主の傷痕

グレーディーは握手ではなくグータッチを好みますが、その理由はたぶん、手首についた自傷行為の痕が見えてしまうからです。私たちは、人に傷つけられたか、自分で傷つけたかにかかわらず、自分の体や心の傷を隠そうとします。

負債を消す人

度肝を抜かれるという言葉がぴったりの出来事でした。ジョージア州アトランタ市のモアハウス大学の2019年の卒業式でのことです。祝辞を述べた人が、卒業生全員の学費ローンを全額肩代わりすると言ったのです。1千万円以上の返済額があった卒業生は感謝に震えて、涙ながらに叫びました。

ともに勝利する

サムエル・バッガガ牧師は真夜中に呼び出しの電話を教会員から受け、駆けつけると、家は炎に覆われていました。父親は火傷を負いながらも、子どもを助けるために再び家に入り、気絶した娘を抱きかかえて現れました。そこはウガンダの田舎だったので、病院まで10キロの道のりです。車がないため、牧師と父親は、子どもを抱えて走りました。腕が疲れると、もうひとりが代わって抱き、一緒に走ったのです。そうして病院にたどり着き、親子とも治療を受けて全快しました。

幼子から学ぶ

ケニアの首都ナイロビのスラム街に車で入り、貧困を目の当たりにすると、何とも言えない気持ちでした。しかし、幼い子どもたちが「先生!先生!」と叫びながら駆けて来るのを見て、清々しさを感じました。子どもたちは私の車に同乗していた牧師に会うのが嬉しくてたまらないようで、心を砕いて世話を惜しまない彼らの霊的なリーダーを、可愛い声で暖かく迎えたのでした。