勇敢な抵抗
ナチスがポーランドに侵攻して第二次世界大戦が勃発(ぼっぱつ)した時、ポーランド人のテレサ・プレケローヴァは10代でした。それはユダヤ人が連れ去られるホロコーストの始まりでしたが、テレサたちは危険を冒してワルシャワのゲットーやナチスの粛清から彼らを救いました。テレサは成長して、この戦争とホロコーストの歴史研究の第一人者となりましたが、エルサレムのヤド・ヴァシェム(ホロコースト博物館)の「諸国民の中の正義の人」に名が刻まれたのは、邪悪な風潮に勇敢に抵抗したからです。
名前の意味
ギップ•ハーディン牧師は、有名な伝道者ジョン•ウェスレーにあやかろうと、息子をジョン•ウェスレー•ハーディンと名付けました。しかし、彼は父の思いに反して42人を殺す西部開拓時代の悪名高い無法者になりました。
忍耐が必要
聖書のみことば:Ⅰコリント13
愛は寛容であり、愛は親切です。また人をねたみません。愛は自慢せず、高慢になりません。—Ⅰコリント13:4
私が乗る予定の飛行機が、機材の不具合で出発を見合わせていました。初めは15分程 度の遅れと聞かされていましたが、どんどん延びて3時間も待たされました。地上スタッフは、苛立った乗客たちへの対応に走り回っています。夜が更けてくると、人々は荒々しい口調で文句を言いました。遂にはパイロットが出てきて騒ぎを静めようとしましたが、その乗客たちは彼にも食ってかかる始末でした。その様子を黙って見ている私に、隣にいた男性が静かに言いました。「今夜は、忍耐という美徳が必要ですね。」
日々の生活はいらいらすることの連続かもしれません。腹立たしいことさえあります。しかし、「堪忍袋の緒が切れる」という体験は、多くの場合、相手に失望したときに抑えられない自己主張の現れです。一方、聖書に描かれている真実の愛は、自己犠牲です(ヨハ15:13)。それは、人に対する忍耐という形でも表されます。「愛は寛容であり、愛は親切です。また人をねたみません。…礼儀に反することをせず、自分の利益を求めず、怒らず、…」(Ⅰコリ13:4-5)とある通りです。真実の愛は、自分の都合を脇に置いてキリストの模範に従います。
そんなことはできないと思いますか。そのとおりです。自分の力ではとてもできません。けれども、神の助けを祈り求めるなら、苛立たしいことにもじっと我慢して、神の愛を映し出すような態度で相手に接することができます。
堪忍袋の緒が切れそうになったら、神がどれだけ忍耐しておられるかを思い出そう。
スカイ・ガーデン
夫婦でロンドンに旅行したとき、スカイ・ガーデンに入れるように友人が手配してくれました。スカイ・ガーデンは、ビジネス街の35階建てビルの最上階にあります。壁と天井がガラス張りの屋内庭園で、木々や草花で覆われています。私たちは、150メートル以上の高さから市内を見下ろし、セント・ポール大聖堂やロンドン塔などの姿に見とれました。英国の首都の眺めは素晴らしく、同時に、物事の見方に関する教訓も与えられました。
時を持つ
アフリカに「西洋人は時計を持ち、アフリカ人は時を持つ」ということわざがあるとオズ・ギネス牧師は著書の中で語っています。私は「時間が無い」と言って人の頼みを断ってしまった時々のことを思い出し、何と自分はスケジュールや締め切りに振り回されているかと思いました。
時計とカレンダー
父は58歳で亡くなりました。父の命日になると、私は父が息子である私に与えてくれた影響について考えます。父と共に生きた人生よりも父無しの人生のほうが長くなったことに気がついた時、人生のはかなさにも思いを巡らすようになりました。
バブーシュカ・レディー
ジョン・F・ケネディー米大統領が1963年に暗殺された際の映像に、コートを着た女性が写真撮影をしている姿が映っています。ロシアのバブーシュカ風スカーフをつけていたのでバブーシュカ・レディーと呼ばれ、この事件の謎のひとつです。未だ人物が特定されず、撮影されたフイルムも所在不明です。彼女は恐怖のあまり沈黙しているのだろうと歴史学者たちは推測しています。
撤回できない
紀元前49年、カエサルは13地区隊を率いてルビコン川を渡りイタリアに進入しました。武装した軍隊を率いてローマに入ることは法律で禁じられていたので、これは不退転の決意です。その衝撃は内戦を経てカエサルをローマの君主に押し上げました。「ルビコン川を越える」とは、後戻りできないという意味の英語の比喩表現に使われます。
いつまで?
ルイス・キャロルの名作「不思議の国のアリス」の中で、アリスが「永遠ってどのくらい長いの?」と尋ねると、白ウサギが「ほんの一瞬のこともある」と答えました。それが、兄のダビデを突然失ったときの私の気持ちでした。葬儀までの時間が、刻一刻と悲しみの深まる永遠の時であるかのように思いました。