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Cindy Hess Kasper

Cindy Hess Kasper

シンディ・ヘス・キャスパー氏は、RBCミニストリーズで40年以上勤続しています。Our Daily Journey(若者向けデボーションガイド)の副編集長です。キャスパー氏は2006年に「デイリーブレッド」の著者に加わりました。キャスパー氏と夫トムには、成人した子ども3人と孫が7人あります。

寄稿一覧 Cindy Hess Kasper

薄くて濃い

スペースシャトル、チャレンジャーは、1986年1月28日、発射から73秒後に空中分解しました。当時のレーガン米大統領は、追悼演説の中で、「神聖な宇宙に手を伸ばし、神の御顔に触れる」という、第二次世界大戦のパイロット、ジョン・ギレスピー・マギーの詩「ハイ・フライト」の一節を引用しました。

愛に満ちた懲らしめ

父は50年以上、編集の仕事に携わりました。文法的に正しく、筋の通った、分かりやすく読みやすい文章にすることに情熱を傾けましたが、訂正は朱ではなく、緑色で行いました。緑のほうが「優しい」からだそうです。厳しく朱を入れられると気に触る作家もいるでしょう。父の目的は、より良い文章を提案することだったのです。

信仰に対する投資

その少年は、12歳のクリスマスプレゼントに自転車を望んでいましたが、プレゼントは辞書でした。最初のページには「勉強に最善を尽くすことを願って。1958年、チャールズへ、パパとママより愛を込めて」とありました。

小さな魚

イギリス人の夫婦が、西アフリカの某国に住み、数年に渡って地元の男性と友情を育みつつ、イエスの愛やイエスの救いを伝えました。彼は、キリスト信仰が「より優れた真理」だと納得していましたが、自らの宗教に対する忠誠を手放すことはできませんでした。理由のひとつは、経済的なことです。この宗教の指導者として報酬を得ていたからです。地域社会で立場を失うことも心配でした。彼は悲しそうに言いました。「まるで小川で魚を捕る人のようだ。小さい魚を捕まえたところ、大きな魚が、そばを泳いでいく。大きな魚を捕るためには、小さい魚を手放さなくてはならない。」

飽くなき愛

ハイディとジェフは赴任先から戻り、ミシガン州の実家の近くで冬を過ごすことになりました。赴任先は南国だったので、10人の子どもたちのうちの多くは、美しい雪景色を見るのは初めてです。しかし、その前に冬支度です。コート、手袋、ブーツなど、大家族ですから、大変な出費が見込まれました。しかし、神は備えてくださいました。隣人が、手袋、帽子、履物、そしてスノーパンツを届けてくれました。友人は教会の人々に呼びかけて、家族12人分それぞれのサイズの防寒着を集めてくれました。家族に必要なものは、雪が降り始める前には、すっかり整っていました。

人は忘れる

日曜日のメッセージで同じ話ばかりすると牧師に言った人がいました。「なぜそうするのですか」と尋ねると、牧師は「人は忘れるからですよ」と答えました。

強く、雄々しくあれ

コスタリカの少年カレブは、夜、目を閉じると、闇が迫り来るように感じました。時折、ギーギーという家のきしむ音が静かな部屋に響き、屋根裏のコウモリが騒ぎます。母が常夜灯をつけてくれましたが、やっぱり怖いのです。ある晩、父がベッドの足板に聖書の一節を貼ってくれました。「強くあれ。雄々しくあれ。恐れてはならない。…あなたの神、主が…あなたとともにあるからである」(ヨシ1:9)。カレブは毎晩、これを読みました。それは、彼が大学生になって家を出るまで、同じ場所にありました。

横道にそれる

牧場の近くに住んでいたユーモア作家のマイケル・ヤコネリは、牛は草を求めて放浪することに気付きました。牛は、より良い草地を求めて歩きつづけます。牧場の端の近くにある木の下に新鮮な草を、次には、損傷した柵の向こうに、おいしい枝葉の茂みを見つけると柵を押し倒して牧場の外に出て行きます。そして、草を食みながらさまよい歩くのです。

天に送る

ホスピスの看護師に父が危篤だと言われました。父は帰ることのない旅に出かけていくのです。彼を看取る時が来たと悟りました。父の最期の日、意識の有る無しは定かではありませんでしたが、姉妹で父のベッドのかたわらに座り、頭にキスをしました。そして、神の約束をささやき、「主のまことはくしきかな」を歌って、詩篇23篇を読みました。そして、愛と感謝を伝えました。父がイエスの元に行きたいと心から願っていると知っていたので、もう逝ってもいいよと言いました。そう発することが、惜別の痛みの始まりでした。数分後、父は永遠のすみかに喜んで迎えられました。