お世話になった
ラジオ番組のリスナーが番組に電話をして、手術をした妻が退院したと語り、「その間、教会の人たちに本当にお世話になりました」と言いました。私はこの発言に深く感動して、キリスト者が互いの世話をすることの大切さと必要性を再確認しました。キリスト者が互いを思いやって助け合う姿は、人を変革する福音の力を示す最も良い方法です。
とりなしの祈り
パパが家族の朝の祈りの最後に「アーメン」と言うや否や、5才のケイトリンが口を開きました。「私、お兄ちゃんのために祈ったわ。だって、お祈りの時、ずっと目を開けていたもの。」10歳の兄の祈りの姿勢について祈ることをとりなしの祈りとは呼びませんが、少なくとも、人のために祈れる、ということは分かっていたようです。
唯一の道
退勤時間に娘から「高速道路に乗ってはダメよ」とメールが来ました。帰宅路が大渋滞だと言います。別のルートを調べましたが、どこも同じようなので、時間をずらすしかありません。それで逆方向に寄り道をして、孫が参加しているスポーツイベントの観戦をしました。
どんな名前にしようか
我が子の誕生を待つ他の夫婦と違って、マリヤとヨセフは子どもの名前を相談する必要はありませんでした。イエスと名づけるように、それぞれ天使に命じられていたからです(マタ1:20-21、ルカ1:30-31)。天使はヨセフに、その名は御民を罪から救うことを意味すると説明しました。
自分の役割
孫ふたりがミュージカルのオーディションを受けましたが、手にしたのは「花」の役でした。しかし、ふたりは友だちが大役を射止めたことに興奮していると言います。自分の結果に落胆する以上に、友人の喜びを共有しているのだそうです。
伝道者か農場主か
ある日、兄ビリーと弟メルビンは、飛行機が「GP」と空に文字を描いたのを家の畑から見て思いました。兄は「行って宣べ伝えよ」(Go Preach)、弟は「行って、耕せ」(Go Plow)と神に言われたと解釈したのです。後年、兄のビリー・グラハムは福音伝道に献身し、著名な大衆伝道者になりました。弟のメルビンは家の酪農場を忠実に経営しました。
今、そして、次は
最近、ある高校の卒業式に列席し、来賓の祝辞を聞きましたが、それは卒業証書を授与される生徒たちに気づきを与え、奮起を促すものでした。彼は言いました。今、誰もがあなたたちに次は何をするかと尋ねるでしょう。就職か進学か、どんな仕事か勉強かなどと。しかし、それ以上に重要な質問は、今、あなたたちが、何をしているかです。信仰についても同じで、日々の選択によって、イエスのために生きていくか、自分のために生きていくか、早晩、人生の道が分かれていくでしょう。
自分チェック
最近、第二次世界大戦中に父が母に宛てた手紙を読みました。当時、父は陸軍少尉で北アフリカに駐屯し、軍事機密を守るために兵士の手紙を検閲していました。ウェスト・バージニア州に住んでいた妻への手紙の表に「ジョン・ブラノン少尉によって検閲済み」というハンコが押されていて滑稽でした。何と父は自分の手紙の一部を検閲で削除していたのです。
誉れが消えうせた
娘のメリッサを取り戻すことはできません。学校で楽しそうにバレーボールをする姿を見ていた幸せな日々の記憶は薄れていきます。彼女のはにかんだ微笑みを思い浮かべることも、時には難しくなりました。メリッサが17歳でこの世を去ったとき、彼女の存在という私の喜びに幕が下ろされたのです。