キリスト者同士の協力
ニューヨーク市のブルックリン橋の建設は1869年に始まりましたが、主任技師ワシントン・ローブリングが、重病に倒れました。彼の妻エミリーは、夫の設計図・仕様書を含む一切の計画書を懸命に理解し、必要な修正を加え、助手たちに指示を出しました。エミリーは全力を尽くして夫を助け、1883年に橋が開通すると、馬車で最初に渡りました。夫は彼女の「卓越した才能」と「工事と工学的計画に関する深い理解」を称賛しました。
福音を伝える備え
高校生たちが、依存症患者の回復支援施設を慰問しました。クレアは、彼女を見下ろすほど長身の20代の男性と言葉を交わしました。二人は信仰について語り合いました。クレアは、はっきりと福音を語り、男性は反論しました。彼なりの見解があったのです。二人は互いに、聞いたり、話したりと、和やかに会話しました。最後に、青年はクレアの目を見て言いました。「なるほど。君の意見には脱帽だ」
収穫を待つ
ジョアン・シェトラーとアン・フェッツァーは、1962年、バスと徒歩でフィリピンの険しい山岳地帯に入りました。未伝の地に福音を届けるために厳しい旅をしたのです。彼女たちは、バランガオ族の村で5年間、彼らの母語に聖書を翻訳しましたが、村人たちは無関心でした。しかし、物資搬入のための簡素な滑走路の建設には協力しました。ある日、彼らが「異世界からの魔法」と呼んでいた飛行機が舞い降り、村の重病の妊婦を遠方の診療所に運び、後日、回復した女性と健康な赤ん坊を乗せて戻ってきました。すると人々は、自分たちに説かれてきた「この神」について尋ね始めたのです。そして間もなく、キリストを信じる人であふれかえる教会が設立されました。
神の恵みの力
マークは、飲酒運転で捕まり、留置場行きを覚悟しました。これでフットボール選手のキャリアは終わりです。ところが警察官は大学まで送ってくれました。理由を尋ねると「慈悲さ」と。しかし、早晩、露見して、奨学金を失うのは明白です。それで、翌日、監督に呼び出されると不安に震えました。しかし、監督は「昨夜のことは知っている。しかし、情けをかける」と言いました。そして、次の日曜日、教会の礼拝に行ってみては、と勧めました。
イエスが下さる希望
大学3年生の娘アリッサを自動車事故で亡くしたクレイグから届いたメールが、私たちの関係の始まりでした。彼は耐え難い心の痛みを理解してくれる人を求めていました。
イゾベルの信仰
イゾベルは、親の信仰には関わりたくありませんでした。大学では自らを不可知論者と称し、神なしで生きることを望んでいました。しかし、失恋で落ち込み、負のスパイラルに陥りました。命を絶ちたいとまで思ったのです。その絶望の淵で、両親の信仰を思いました。そして、葛藤の末、ついにイエスの救いを受け入れました。
思いやりと祈り
診察台に座った女性は、いつになく緊張していました。何かに悩んでいることが、はっきりと見て取れました。歯科医が尋ねると、それは家族の問題でした。医者は彼女の話を聞くと「お祈りをさせてもらってもいいですか」と尋ねました。歯科衛生士が部屋に入ってくると、彼女も祈りました。1回の治療と2つの祈り。その女性は、自分は大切にされたと感じつつ、クリニックを後にしました。
神と共に歩む
妻が通うスポーツクラブでは、体育館のトラックは時計回りに歩くと決まっています。しかし、この前の火曜日、妻たちが歩いていると、別の人が来て逆方向に歩き始めました。彼女の友人たちがそれに加わり、さらにもう1人も加わりました。たちまちトラック上は混乱し、しばらく秩序が回復しませんでした。
迫害の逆説的意義
たった10節で不思議な急展開です。ステファノは残忍に殺され (使7:59-60)、他の信者たちは、福音を語りながら離散していきました。しかし、この叙述の後、「町の人々は大変喜んだ」(8:8)という驚きの文面が現れます。これが迫害の逆説的意義です。