作者

すべて見る
David C. McCasland

David C. McCasland

デービッド・マッカスランド氏は、1995年から「デイリーブレッド」の著者に加わりました。Discovery House Publishersから著書が出版されています。マッカスランド氏は、妻ルアンとともにコロラド州に住んでいます。二人には、4人の娘と6人の孫があります。

寄稿一覧 David C. McCasland

道を選ぶ

コロラド州の美しい秋の山景色の中、馬に乗った若者が、どの道を進むか考えている写真があります。それはロバート・フロストの「歩む者のない道」という詩を思い起させます。詩人は、目の前のふたつの道を思案しています。両方とも好ましい雰囲気ですが、今の地点に戻ることはおそらくないので、どちらかを選ばなければなりません。彼は言います。「森の中に分岐した道があった。私は選んだ人が少なそうに見える道を選び、それは後に、大きな違いをもたらした。」

私たちの名前

ニューヨーク市の国立9月11日記念館に行った時、まずふたつの人工池のひとつにカメラを向けました。これらの池を囲む壁には銅板がはめ込まれ、ワールドトレードセンターのテロ攻撃で亡くなった約3千人の名前が刻まれています。自分の撮った写真を後で見ると、ひとつの名前の上に手を置いている女性の姿がありました。たくさんの人が、ここに来て愛する人の名前の上に手を置き、故人を偲んでいます。

限りない愛

口論になったとき、相手に、特に家族には「あなたはいつも」とか「あなたは全然」とか言わないようにと賢い友人がアドバイスをくれました。私たちは愛しているのに優しくなれないことがあります。しかし、神は全ての人に変わることのない愛を注がれます。

信仰を持って大胆に生きる

テキサス州のオースティンで初めて泊まるホテルに滞在しました。机の上にウエルカムカードがあり、そこには「ようこそ。あなたの旅が実りあるものになりますように、また当ホテルで安らぎの時を過ごせますようにと祈っています。主が御顔をあなたに照らし、あなたを恵まれますように!」とありました。

祈ること

私は英国の作家G.K.チェスタトンの作品が好きです。彼の洞察力やユーモアにはクスッと笑わされ、同時に深く考えさせられます。たとえば、彼はこう書いています。「人は食前の祈りをすると言います。けれど私は、演劇やオペラの前、コンサートやパントマイムの前、読書やスケッチ、絵画、水泳、フェンシング、ボクシング、散歩、遊び、ダンス、そしてインク壺にペンを浸す前にも、祈ります。」

孤立無援

聖書のみことば:詩篇31:14-24

あなたは私の願いの声を聞かれました。私があなたに叫び求めたときに。—詩篇31:22

南極では闇に包まれた冬が9ヶ月にわたって続き、気温はマイナス82度まで下がります。航空機の離着陸は2月下旬から11月まで休止するので、点在する観測基地で働く隊員たちは、外の世界から切り離されたも同然の状況になります。助けを求める叫び声が、神にさえ届かないように思えます。詩人ダビデは苦境で「わたしはあなたの目の前から絶たれたのだ」と言い、主に忘れられてしまったのではないと気づくと、喜んで「あなたは私の願いの声を聞かれました。私があなたに叫び求めたときに」と賛美しました(詩31:22)。

今、なすすべがない、と途方に暮れてしまうような状況に置かれていますか。身体を壊したり、人間関係につまずいたり、家族に大きな問題があるでしょうか。しかし、イエス・キリストの贖(あがな)いの愛は、その厳しい冬の現実の中に介入してくださいます。そして、状況はどれほど絶望的であっても、私たちの心に平安をくださいます。

神の偉大な力と平安は、いつも私たちを支えています。孤立無援になることは決してありません。

神の助けは、祈りのすぐそばにある。

赦しの祈り

アメリカ南部の白人だけの公立小学校に1960年、アフリカ系アメリカ人の児童、6歳のルビー・ブリッジが入学しました。彼女は罵声や脅し、中傷の中を毎日、連邦保安官に付き添われて登校しました。学校の中は安全でしたが、教室ではバーバラ・ヘンリ先生とふたりきりでした。他の教師たちは彼女を教えること、児童の親たちは、我が子を登校させることを拒否したからです。

遠方の地

エミー・カーマイケル(1867-1951)はインドで捨てられた女の子たちを救済したことで知られています。多忙を極める日々の中、彼女には「ビジョンの瞬間」と呼ぶ時がありました。著書「月明かりの金」には「忙しい一日のただ中に『遠く広がった国』を垣間見る時が与えられ、私たちは途上でしばしじっと立ち止まる」と書いています。

知恵からのメッセージ

英国の著名なジャーナリストであり社会批評家であるマルコム・マゲリッジは、60歳の時にイエスを信じました。そして75歳の誕生日、25の鋭い人生の洞察を公に語りましたが、そのひとつは「幸せな金持ちに会ったことは無いし、貧しくて金持ちになりたくない人にも、めったに会わない」というものです。私たちは、お金さえあれば幸せになるとは思っていませんが、それを確認するために、もう少しあればと思っているかもしれません。