心配しないで!
アメリカの俳優でコメディアンのジョージ・バーンズは、「長寿の秘訣はと聞かれたら、そりゃもちろん、悩み、ストレス、緊張を避けることだと答えるよ」と語りました。バーンズは100歳になるまで生きて、人々に笑いを届けることを楽しみました。どうやら自分のアドバイスに忠実だったようです。
目的のある痛み
人生で最大の困難は何だったかと友人たちに尋ねたところ、戦争、離婚、手術、家族の死などという答えが返ってきましたが、妻は初産だと言いました。確かに、陸軍病院での長く苦しい分娩でした。しかし、あの痛みには大きな目的があったので、よかったとも言いました。
あなたは、誰ですか?
特別扱いが無かったといって、腹を立てた人の話をときどき聞きます。「私を誰だと思っているのか!」と…。しかし、「自分がいかに立派なのかを話さなければならないなら、恐らくあなたは、自分が考えているほど立派ではない」ともよく言われます。
信仰の家族
私たちの教会には1980年代、独身の人が集う「聖書の学び会」がありましたが、そこに集う人たちは、家族のように助け合っていました。離婚や死別でひとりになった人たちは、誕生日や連休を寂しく過ごさなくてよくなりました。信仰と友情があいまって、互いをずっと支えあう信頼関係が培われたのです。30年前、逆境の中で築かれたこの絆は、今も彼らやその家族と共にあり、豊かに実を結んでいます。
名声
チャールズ・ポンジの名前は、「ポンジ・スキーム」というネズミ講に類似した金融詐欺と切っても切れない関係にあります。ポンジは何度か詐欺を働き、刑務所に入っていたことがありましたが、1920年の初め頃、45日間で元金の50パーセント、90日間で100パーセントという高利回りの投資を募り始めました。こんなうまい話は危ないと分かりそうなはずなのに、大勢の人が多額の資金をつぎ込みました。ポンジは後から投資した人の金を使って先に投資した人に支払いをしながら、贅沢ざんまいをしていました。この詐欺が明るみに出たのは1920年8月でしたが、その時点で被害額は20億円に上り、5つの銀行が破たんしました。ポンジは刑務所で3年を過ごした後、イタリアに強制送還されました。1949年、66歳で亡くなったときは無一文でした。
聖さを追い求める
幸せですか、人生を満喫していますか、仕事に満足していますか、というアンケート調査はよくありますが、敬虔ですか、聖(きよ)いですか、と尋ねるアンケートは見たことがありません。あなたなら何と答えますか。
ある聖書辞典は、聖化を「神のために聖別され、それにふさわしい行いをすること」と定義します。作家のフレデリック・ビュークナーは人格について、聖化ほど実際の姿を描写するのが難しいものはないと言い、また「聖化は、『徳』のような性質ではありません…人がどうこうできることではなく、神が人になさることです」と述べました。
聖書は「私たちは、キリストの死にあずかるバプテスマによって、キリストとともに葬られたのです。それは、キリストが御父の栄光によって死者の中からよみがえられたように、私たちも、いのちにあって新しい歩みをするためです」(ロマ6:4)と語り、キリストを信じる信仰によって驚くべき賜物が与えられると伝えます。自分を満足させようという古い性質に従わず、キリストに従順に自分を明け渡すなら、毎日、聖化が起こります。聖書は「しかし今は、罪から解放されて神の奴隷となり、聖潔に至る実を得たのです。その行き着く所は永遠のいのちです」と語ります(22節)。
あなたは日々、聖化されていますか。神の恵みと力によって「そのとおりです」と答えることができますように。
一貫した生き方
ダニエル書を学んでいる時、ダニエルが獅子の穴に投げ込まれるのを回避しようとすれば、それは簡単だったと気づいてハッとしました。ダニエルはバビロン王朝の大臣でした。彼に嫉妬していたライバルの大臣や太守は、日々神に祈るという彼の一貫した行動に目をつけ策略を巡らしました(ダニ6:1-9)。ダニエルは彼らのたくらみを十分承知していたので、事態が落ち着くまで密かに祈ることもできました。しかし、彼はそういう人ではなかったのです。
鏡よ鏡!
自分の姿をどれくらい鏡に映して見ますか。あるリサーチによると、一日平均8回から10回程度だそうです。しかし、別の調査では、店のショーウインドーやスマートフォンに映る姿をちらりと見ることも含めると、一日に60回から70回にもなるといいます。
訪問者
最近、定年退職した人に、毎日会社に行かないようになって、代わりに何をしているのかと尋ねた友人がいました。すると、「私は『訪問者』をしている」と答えたのだそうです。その人は、教会や近所にいた人で病院や介護施設に入った人や、ひとり暮らしをしている人、もしくは、話相手を必要としている人たちを訪問して、一緒にしゃべったり祈ったりしている、と言います。私の友人は、その人の明確な目的意識と他人に対する思いやりに感動しました。