たましいの緊急事態
大津波が2011年3月に日本の東北地方の沿岸を襲いました。多くの町や村は流され、1万6千人近い人の生命が奪われました。作家で詩人のグレーテル・エルリックは、その壊滅状況を自分の目で見てドキュメンタリーを書こうと日本にやって行きました。ところが、実際の光景を目にすると、自分には十分にレポートする能力はないと感じました。そこで彼女は、感じたことを詩に綴りました。PBS放送の「ニュースアワー」という番組のインタビューで、彼女は次のように語りました。「私の旧友で今は亡き詩人のウィリアム・スタフォードは、『詩はたましいの緊急事態』と言っていました。」
やさしい主イエス
伝道者のチャールズ・ウェスレー(1707-1788)は、9千曲以上の賛美歌や聖詩を書きました。「言葉の限りにたたえまほし」などは、荘厳に天高く歌声が響くような賛美歌です。一方、1742年に初版の「やさしきイエス、おとなしく、おだやかに」は、子どもが静かに祈るために作詞したものですが、すべての人が素朴で誠実な信仰で神を求めるべきであることを表しています。「慈しみ深きイエス、やさしき小羊、恵みの御手に我が身を委ねまつらん。救いの主よ、汝が如く我が心造り変え給え、主よ、我が心に住まいたまえ。」
賛美していたい
友人に「お母さんはいかが?」と尋ねると、認知症のために、ほとんどの知人の名前や過去の出来事の記憶を失ってしまっていると答えました。しかし、彼はつづけました。「それでも母は、譜面も見ずにピアノで賛美歌を上手に弾くことができるんだよ。」
霊的な導き
英国の文学賞に輝いたダバ・ソベルの著書「経度」は、昔の船乗りたちの直面していたジレンマが題材です。彼らは、自分たちが赤道の北にいるのか南にいるのか、緯度はどれぐらいなのか、太陽の高さや日の長さから難なく知ることができました。しかし、東西の位置を示す経度を割り出すのは複雑で、信憑(しんぴょう)性にも問題がありました。そんな時代、イギリスの時計職人ジョン・ハリソンが経線儀(クロノメーター)を発明しました。これは「出航した港の正確な時間を世界の果てでも刻み続ける時計」でした。こうして、正確な経度を算出できるようになったのです。
奮闘する人への言葉
噛みこなせないほどほおばってはいけない、という古い英語の格言があります。自分の実力以上の仕事を引き受けてはならないという意味です。それは賢明ではないからです。とはいえ、引き受けた仕事の大きさや難しさに圧倒されてしまうこともあります。
いのちを与える雨
熱波のあった1891年、「起爆家」として知られていたR.G.ダイレンフォースは、絶対に雨を降らせてやろうとテキサス州ミッドランドに降り立ちました。彼は仲間たちと爆発性の気体で膨らませた巨大な風船を放ったり、大砲を打ち上げたり、大量のダイナマイトを爆破させたりして、地と空を爆音で震わせました。少しだが雨が降ったと言う人も幾人かはいましたが、大多数の人は、ただうるさかっただけだと言いました。爆発は音のインパクトこそありましたが、何の効果もありませんでした。
神の道を探す
英仏海峡トンネルは1994年5月6日に開通しました。技師のアルベール・マチューがこのプロジェクトをナポレオンに提案した1802年から、およそ二世紀を経てついに完成しました。イギリス海峡の真下に約50キロメートルの鉄道用トンネルができたことで、多くの人や車、トラックが、列車に乗ってイギリスとフランスの間を行き来するようになりました。この画期的な新しい道ができるまで、人々は何世紀にもわたって船で海峡を往来していました。
勇気と根気
ピューリッツァー賞を受賞したユージーン・パターソンの死亡記事を読んで、ふたつのことが印象に残りました。彼は1960年から1968年まで、アトランタ・コンスティチューション紙の編集者でした。当時はまだ、人種差別の撤廃に反対する人が多い時代でした。パターソンはその中で、臆することなく公民運動の支持を訴えつづけました。また彼は8年間、一日も休むことなく新聞のコラムを執筆しつづけました。数にして2922本、来る日も来る日も書きつづけました。彼が社会に与えた影響の鍵は、勇気と根気でした。
神は星に名をつける
チリのアタカマ砂漠の高地に、世界最大の電波望遠鏡があります。天文学者たちはこれによって、今までに知られていない宇宙の様子を見ることができます。ルイス・アンドレはAP通信で、「宇宙誕生の手がかり、すなわち、極寒のガスと塵によって銀河が形成され、ビッグバンによって生じたエネルギーによって星が生まれたときのこと」を探ろうとする各国の科学者たちについて書きました。