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David C. McCasland

David C. McCasland

デービッド・マッカスランド氏は、1995年から「デイリーブレッド」の著者に加わりました。Discovery House Publishersから著書が出版されています。マッカスランド氏は、妻ルアンとともにコロラド州に住んでいます。二人には、4人の娘と6人の孫があります。

寄稿一覧 David C. McCasland

日ごとに

バスケットボールが大好きな少年ジョニーは、1924年に田舎の小さな中学校を卒業しました。貧しくて卒業祝いを買えない父は、なんとか息子の門出を祝おうと心のこもったカードを贈りました。そこには、父親自身の7つのモットーが書かれており、「これがお前にとっても座右の銘となるように」とありました。その中の3つは次のようなものでした。

簡潔な証

過去15年間、ダン・スミスの名前と顔が載ったチラシが、ニューヨーク中の喫茶店、コインランドリー、商店に貼られてきました。そこには、「ダン・スミスがギター教えます」と簡潔に書かれていました。そのおかげで、スミス氏はギター講師として忙しい毎日を送っています。熱心な生徒たちは、「私はダン・スミスにギターを教わりました。あなたもいかがですか」と紹介し、別の場所にもチラシを置いてもらうように頼んでいます。

隠すもの

隠したいものがあるなら、マイク・スラッテリーに相談するとよいかもしれません。数年前、ある携帯電話会社が、マイクの所有地にアンテナを立てさせてほしいと話を持ちかけました。そして、景観を守るために、アンテナをやしの木に見せかけると言うのです。しかし、マイクには、より良いアイデアがありました。電波を通すビニールパネル製の、家畜小屋を装った小屋を建てるのです。後に彼はこのアイデアをもとに、美観とセキュリティという観点から、アンテナを隠す建物を作る会社を設立しました。マイクは、家畜小屋には牛も馬もおらず、アンテナだけがあるとは近所の人も気づいていないと確信しているそうです(コロラドスプリングスのガゼット新聞より)。

私たちにも、人に見られないように隠しているものがあります。それは、散らかった物置部屋のような害のないものかもしれませんが、一方で、非常に有害なものを隠しているかもしれません。自らの道徳的もしくは霊的な欠点を直視せず、人どころか神にさえも隠そうとしているかもしれません。

詩篇32篇でダビデは、罪を隠そうとする無益な行為(3-4節)と、本当のことを神に打ち明けて安堵する喜びを記しています。「私は、自分の罪を、あなたに知らせ、私の咎を隠しませんでした。私は申しました。『私のそむきの罪を主に告白しよう。』すると、あなたは私の罪のとがめを赦されました」(5節)。

神に自らの罪を告白し、その罪を捨て去るなら、たましいが自由になったと感じます。そして、もう何も隠さなくてよいのだと安心させてくれます。

信頼できる愛

何よりも傷つく言葉は、「もうあなたを愛していない」ではないでしょうか。この言葉はその人間関係に終止符を打ち、心を深く傷つけ、相手に対する期待を失わせてしまいます。このような裏切りによって、再び傷つくことがないように、二度と愛を信じまいと決心する人も少なくありません。すると、神の愛さえ拒んでしまう可能性があります。

神の愛が他と違うのは、決して尽きないという約束があることです。預言者エレミヤは絶望的な状況を経験して、精神的にまいっていました(哀3:13-20)。神の愛に応答して、神に従おう、というエレミヤの再三の頼みを、同胞が拒絶したのです。エレミヤは非常に落ち込んで、「私の誉れと、主から受けた望みは消えうせた」と言いました(18節)。

そのような最悪の状況でも、エレミヤは神の確かな愛に思いを巡らし、こう記しました。「私たちが滅びうせなかったのは、主の恵みによる。主のあわれみは尽きないからだ。それは朝ごとに新しい。『あなたの真実は力強い。主こそ、私の受ける分です。』と私のたましいは言う。それゆえ、私は主を待ち望む」(哀歌3:22-24)。

仮に、永遠の愛を誓った人が、その約束を破ってしまったとしても、神の愛は揺らぎなく確かです。聖書は語ります。「あなたの神、主ご自身が、あなたとともに進まれるからだ。主はあなたを見放さず、あなたを見捨てない」(申31:6)。これこそ、信頼できる愛です。

フェンスから教えられたこと

我が家を囲むフェンスが3月の突風で吹き倒されました。ほんの数ヶ月前に新しくしたばかりだったので、業者の腕が悪かったのだと思いました。しかし、よく 考えてみると、悪いのは私でした。私はそれがもうすぐ仕上がるというとき、支柱まで取り替えてコンクリートで補強するほどの必要はないと考えました。それ で、「今ある支柱にフェンスを取りつけてください。それで大丈夫です」と言いました。確かに、風が吹くまでは大丈夫でした。

イエスは、硬い土台の上に人生を築くことの重要性を強調されました。しっかりした土台とは、神のみことばに従うことです。

主イエスは言われました。「わたしのこれらのことばを聞いてそれを行う者はみな、岩の上に自分の家を建てた賢い人に比べることができます。雨が降っ て洪水が押し寄せ、風が吹いてその家に打ちつけたが、それでも倒れませんでした。岩の上に建てられていたからです。また、わたしのこれらのことばを聞いて それを行わない者はみな、砂の上に自分の家を建てた愚かな人に比べることができます」(マタ7:24-26)。雨風が打ちつけると、岩の上に建てられた家 だけが倒れずに残りました。神のみことばを聞くことは不可欠です。しかし、神のみことばを行うことは、人生の嵐を切り抜ける鍵です。今からでも遅すぎませ ん。岩の上に家を建てましょう。

最も力のない人々

アメリカの経済サイト「24/7 Wall St.」に、「世界で最も力のない100人」という風変わりなリストが掲載されました。ここに名前を連ねている企業家、スポーツ選手、政治家、芸能人に共 通するのは、かつては力ある人だったということです。よんどころない事情で力を失った人、経営判断を誤って失脚した人もいますが、道徳的な過ちを犯して影 響力を失った人たちもいます。

使徒パウロは、コリント人への手紙第一10章で旧約聖書の歴史を振り返り、厳しい現実を教えました。イスラエル人たちはエジプトの奴隷でしたが、 モーセに導かれて約束の地に向かっていました。この人たちは、神が奴隷から解放してくださったのに、何度も神に背きました(1-5節)。彼らは、偶像崇 拝、不道徳な行為、不平不満をつぶやくことで、自分たちを滅ぼしてしまいました(6-10節)。そこでパウロは、「立っていると思う者は、倒れないように 気をつけなさい」と警告しています(12節)。

クリスチャンは、誘惑に襲われたとき、「耐えられるように、試練とともに、脱出の道も備えてくださいます」(13節)という神の約束に堅く立つこと ができます。私たちはみな、他の人をイエスに近づける影響力が与えられています。神が試練に耐える力をせっかく与えてくださったのに、もし誘惑に負けてそ の影響力を失ってしまうなら、何と悲しいことでしょう。