イエスのように
小型機の狭い通路にぬっと立ち上がった人は、『イエスのようになれ』という本をこれみよがしに持っていました。しかし、他の人を押しのけて荷物カートから自分のバッグを取っているのを目撃したのです。イエスの行動とは正反対です。
もうへとへと
未就学児の親たちが心身ともにくつろげる場所を提供する働きをした時、育児に疲れた自分たちをイメージするものは何だろうと思いました。ふと見ると、飲み終わった紙パックのジュースがあります。全てを出し尽くしてへこんでしまう。幼い子の母親たちは、そんなふうに感じるときがあります。私たちは、そういう人たちと共に命の水の源、主イエスのもとに憩う働きをしていました。
ペテン師症候群
自分は見かけほど有能ではないと感じ、それがいつかバレてしまうと不安。そんなことはありませんか。実は、そういう人は多いのです。1970年代の終わり頃、二人の研究者がこの心理を「ペテン師症候群」と名付けました。社会的に認められた優秀な人でさえ自分の至らなさに苦しみます。本当の自分を知ったら、相手はひどく幻滅するだろうと心配するのです。
共感の痛み
薬指を痛め、治るまで何カ月も痛むと思っていました。指示されたリハビリを実践しているうちに、小指がズキズキ痛み出しました。主治医に話すと、それは「共感の痛み」だと説明されました。薬指と小指の神経は、一つの神経から枝分かれしていて互いに依存しており、一方の指が痛むと、もう一方の指も同調するというのです。
神が下さる自由
景観設計のチームが幼稚園の園庭をフェンスで囲む効果について調べました。園児たちはフェンスがないと園舎や先生の近くにとどまりがちでしたが、フェンスがあると園庭全体に広がって遊びました。研究者は、境界の設置は解放感を強める効果があると結論づけました。これは私たちの直観に反します。私たちは、境界線は楽しみを制限すると言いがちです。しかし、フェンスは自由を与えたのです。
共助の心
マクミラン夫妻はアラバマ州で貧困高齢者のための店を始めました。列に並んだ全員に、自分たちの蓄えを使って、無料で温かい食事を提供します。まともに食べられない人、外食などできない人が少なくないからです。店の募金箱は空の日もあれば、お礼の手紙だけの日もあります。千ドルの寄付が入っていることもあります。「とにかく必要は賄われています。私たちの目標は、必要を賄い、食を介して人としての尊厳を取り戻してもらい、地域に共助の心を育むことです」
神のご計画は神の人々
私はある神学大学院の理事として、新学長の招聘(しょうへい)委員会の一員になりました。委員会で学長職に必要な資質や資格、経験などを列挙していると、この重責を担える人はいるのかしらと思ってしまいました。
塩味の効いた答え
バートは食事の支払いをしようとデビットカードを差し出しました。レストランのスタッフは、それを受け取ると、「失礼ですが、この『わたしは道であり、真理であり、命である』と言った人は何者ですか。自信過剰ですね」と言いました。バートのカードは、キリスト教系の金融会社が発行したもので、表面にはヨハネによる福音書14章6節が印字されていたのです。バートは笑顔で、その人が「何者」で、私たちのためにどう犠牲になられたかを説明しました。
無限の彼方へさあ行くぞ!
アニメ映画『トイ・ストーリー』に登場するおもちゃの一つ、「バズ・ライトイヤ―」というスペースレンジャーは、子どもの寝室を飛び回りながら、「無限の彼方へ、さあ行くぞ!」と決め台詞を連発します。