イエスに寄りかかる
夜に頭を枕に沈めて祈るとき、イエスに寄りかかっていると想像することがあります。そのときは、弟子のヨハネについてのみことばを思い出します。ヨハネ自身が、最後の晩餐の場面を 「弟子のひとりで、イエスが愛しておられた者が、イエスの右側で席に着いていた」と記していますが(ヨハ13:23)、この「イエスが愛しておられた者」とは自分のことです。
思い起こす
息子は7年間薬物依存と戦い、私たち夫婦はその間、辛い日々を強いられました。息子の回復を祈りつつ待っている間、私たちは、小さい勝利を祝うことを学びました。24時間、悪いことがなければ、「今日は良い日だった」と言い合ったものです。私たちはこの短い言葉で、些細なことでも神に感謝しようと、自らに言い聞かせていました。
祝うべきお方
イエスの誕生を描いた絵などを見ると、多くの場合、東方の博士たちと羊飼いは同じときに来て、イエスを拝しています。しかし、博士たちの来訪が唯一記されているマタイの福音書を読むと、彼らの到着は少し後だったようです。それによると、イエスはもはや馬小屋の飼葉桶の中ではなく、家におられました。「その家に入って、母マリヤとともにおられる幼子を見、ひれ伏して拝んだ。そして、宝の箱をあけて、黄金、乳香、没薬を贈り物としてささげた」(マタ2:11)と語られているとおりです。
祈りで神に仕える
神はしばしば、私たちの祈りを通して働き、御業を成すことを選ばれます。預言者エリヤに「地に雨を降らせる」と告げられたときがそうです。
静かな会話
みなさんは独り言を言いますか。私は、車の修理をするときなどに、こうして、ああしてと、声に出して考えをまとめます。それを人に聞かれたら、少々恥ずかしいと思いますが、ほとんどの人は毎日、独り言を言っているのではないでしょうか。
故郷を待ちこがれる
大きな振り子時計の扉を開けて、中に頭を突っ込んでいると、ばつの悪いことに妻がやって来て尋ねました。「何をしているの。」私は、「この時計は実家の匂いがするんだ。ちょっと里帰りをしていた、というところかな」と答えて扉を閉めました。
神の恵み
最近乗った飛行機は、着陸の際にかなり揺れました。余韻は滑走路に降りてからもつづき、乗客の中には硬くなっている人もいました。そんなとき、後ろの座席の小さな女の子ふたりが、「わーい、もう一度!」とはしゃぎ、緊張がほぐれました。
あなたが祈ったから
心配ごとがあるとき、内に込めてしまいますか、それとも上に向けて放しますか。
最良の時はこれから
人生が最も輝くのはこれからですか。それとも、過ぎ去りし日々ですか。人生の見方は(そして、この質問の答えも)、時とともに変わるものかもしれません。若い頃は、将来を見つめて成長しようとしました。年を取ると、若い頃が懐かしくなります。しかし、神と共に歩むなら、何歳でも、最良の時はこれからです。