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James Banks

James Banks

ジェームス・バンクス博士は、ノースカロライナ州ダラムのピースチャーチという教会の牧師です。彼と妻には、ふたりの成人した子どもがいます。著書に、「The Lost Art of Praying Together」「 Praying the Prayers of the Bible」「 Prayers for Prodigals」「Prayers for Your Children」があります。

寄稿一覧 James Banks

真摯に祈る

友人のルーは、ブルガリアのある村で高齢の女性から「あなたのために50年間、祈ってきました」と言われ、深い感謝のまなざしで彼女を見つめました。彼の父は、10代になるまでその村で暮らしました。彼女は隣の家に住むキリスト者で、ルーの誕生の知らせを聞くやいなや、彼のために祈り始めたと言います。半世紀以上が経ち、ルーは仕事でその村に来ました。そして自分の信仰について話したところ、彼女が近づいて来たのです。彼は、自分の救いと彼女の忍耐強い祈りについて思いを巡らせました。信仰を持ったのは、30歳近くになってからだったのです。

惜しみなく受け、惜しみなく与える

私たち夫婦は、それぞれ学資ローンを抱えて大学を卒業しました。二人の借金を一本化する低金利のローンを地元の銀行に申し込みましたが、審査に通りませんでした。その地域での居住期間や就労期間が短すぎたのです。数日後、この一件を教会役員のミンに話すと、彼は「妻にも話をするよ」と言いました。

イエスの権威

息子ジェフは薬物依存から解放され、イエスを信じましたが、私はまだ不安でした。親として共に闘ってきましたが、息子の未来より過去の姿にとらわれてしまうときがあります。依存症患者の親は、再発を恐れます。ある日の家族団らん、私はジェフを脇へ呼んで言いました。「油断してはいけない。サタンは手ごわい」。すると息子は、「父さん、わかってるよ。サタンは強い。でも権威はないでしょ」

賛美の谷

詩人ウィリアム・カウパーの人生は、うつとの戦いでした。自殺未遂で精神病院に入れられましたが、そこでキリスト者の医者と出会い、生きて働くキリストを信じました。まもなく牧師で賛美歌作者のジョン・ニュートンと知り合い、賛美歌集を作ることを勧められました。彼の作品の一つは「み神のみわざは」(新聖讃美歌84番)です。カウパーはこの歌で神の御業のくすしさをたたえます。そして、自身もつらい状況にある中で「あらしの波間に神は在す 主にある聖徒よ勇気を持て 黒雲開けて恵みくだる」と歌うのです。

持ち主か管理人か

ある大企業の社長は、膨大な富を相続する家族はさまざまな誘惑に襲われるだろうと心配しました。そして「私は会社の持ち主か、それとも管理人か」と自問すると、会社の所有権を手放して持ち株をすべて信託財産にしました。信託資産の利益がキリストの働きに用いられるようにも計らいました。彼が自分のものは神のものという信仰によって決断したので、家族の面々は、自ら働いて生計を立てることができました。

イエスの靴で歩く

王様の靴を履いて歩くのは、どんな感じでしょう。アンジェラ・ケリーはそれを知っています。彼女は港湾労働者と看護師の下に生まれましたが、英国のエリザベス女王の晩年の20年間、衣装係を務めました。彼女の仕事の一つは、女王の新品の靴で宮殿の敷地内を歩くことでした。二人の靴のサイズは同じでした。これは、高齢の女王が式典などで長時間立ち続ける際の不快感を少しでも軽減しようという思いやりだったのです。

数え切れない愛

どのようにあなたを愛しているか、それを数えてみましょう、という一節が、エリザベス・バレット・ブラウニングの有名な詩集「ポルトガル語からのソネット集」の中にあります。後に夫となるロバート・ブラウニングに向けて書き、彼は感動して全ての詩を出版するように彼女に勧めました。しかし、その詩は甘く内密な願望が表されていたので、彼女はポルトガル人の作品の翻訳であるかのようにして出版しました。

イエスにある新たな自分

息子は「私は以前の私ではありません。新しい人です」と学校の講演で語りました。彼は神に変えられました。薬物常用者だったので、以前は自分を落後者だと思っていました。しかし今は、神の子どもだと認識しています。

クリスマスの星

子どもの頃、父は「あの星を見つけたら、家へ帰る道が必ず見つかるよ」と言って、北極星の捜し方を教えてくれました。彼は戦地に行っていたので、星で方角が読めるか否かに生死が懸かることもありました。それで、私が特定の星座の名前や位置を覚えているかを気にしました。北極星は特に重要でした。その星を見つけられたら、どこにいても東西南北が分かり、向かうべき方向が分かるからです。