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James Banks

James Banks

ジェームス・バンクス博士は、ノースカロライナ州ダラムのピースチャーチという教会の牧師です。彼と妻には、ふたりの成人した子どもがいます。著書に、「The Lost Art of Praying Together」「 Praying the Prayers of the Bible」「 Prayers for Prodigals」「Prayers for Your Children」があります。

寄稿一覧 James Banks

成長して知る

交換留学生としてドイツに行けると聞いた時、私は17歳でした。わくわくしましたが、出発までたった3か月。ドイツ語は全くできません。私は猛勉強を開始しました。何時間も机に向かい、単語を手に書いて暗記するほどでした。

変わらない

最近、私たち夫婦は、同窓会のためにカリフォルニア州のサンタ・ バーバラに行きました。35年前、私たちが恋に落ち、素晴らしい日々を過ごした街です。思い出の場所も訪ねようと、当時、お気に入り だったレストランに行ってみると、全く別の店になっていて、地域の人々に40年も親しまれたと告げる鉄の記念版があるだけでした。私は当時の面影の残る路地を見つめました。かつては、カラフルなパラソルやテーブルが並んでいたのです。

知恵に驚く

娘が「年をとって、お父さんは賢かったって気づいたわ。息子に話をしていると、お父さんから聞いた言葉が口から出てくるの」と言いました。おかしなものです。子育てをしていた頃、私も自分の親に言われたことを口にしていると気づきました。親の知恵に対する見方は、自身が父親になって変わりました。くだらないと思っていたことが、ずいぶん賢明なことだと分かりました。昔は、よく分かっていなかったのです。

姿を変えたイエスが

息子のジェフは最近、ホームレス体験に参加しました。2泊3日、氷点下の路上で暮らし、夜も屋外で眠りました。お金も食べ物もなく、見知らぬ人の情けにすがって最低限の必要を満たしました。ある日の食べ物はサンドイッチだけでした。消費期限切れのパンをめぐんでくれとファーストフード店に頼んでいたのを聞いていた人が買ってくれたのです。

罠にかからない

ハエトリグサはノースカロライナ州の砂地の湿地帯で発見された食虫植物です。甘い香りの蜜で花の形をした罠の中に虫をおびき寄せます。そして虫が入るやいなや、花弁のセンサーが働いて瞬時に罠が閉まります。そして獲物を締め付けながら酵素をかけ、ゆっくりと消化し、土からは得られない栄養分を摂取します、

正直に認める

孫息子の朝は散々でした。お気に入りのシャツは見つからず、履きたい靴は暑すぎます。3歳の彼は、おばあちゃんに当たり散らすや、座り込んで泣き出しました。私が「いったいどうしたの」と優しく尋ねると、少し話をして落ち着いてきました。そこで「おばあちゃんにいい子だっ た」と聞きました。彼は靴に目を落とし考え込むと「ううん。悪い子だった。ごめんなさい」と言いました。

宝を見つける

ジョンとメアリーは自分たちの敷地内で、土から顔を出している錆びた缶を見つけました。掘り起こしてみると中には古い金貨が入っ ていました。さらに7つの缶が見つかり、合計で1,427枚の金貨が発見されました。

あきらめずに祈る

ケビンは涙を拭いながら「おふたりを励ませればと思って」と、一枚の紙切れを私の妻に見せました。私たち夫婦は、娘がイエスを信じる信仰に戻ってくるように祈り続けてきました。ケビンは、母の死後、彼女の聖書の中にその紙を見つけたそうです。「息子ケビンのために」という文字の下には、彼の救いを祈る祈りの言葉が記されていました。

思い起こす

聖書のみことば:詩篇126

主は私たちのために大いなることをなされ、私たちは喜んだ。―詩篇126:3

息子は7年間薬物依存と戦い、私たち夫婦はその間、辛い日々を強いられました。息子の回復を祈りつつ待っている間、私たちは、小さい勝利を祝うことを学びました。24時間、悪いことがなければ、「今日は良い日だった」と言い合ったものです。私たちはこの短い言葉で、些細なことでも神に感謝しようと、自らに言い聞かせていました。

詩篇126篇3節は、「主は私たちのために大いなることをなされ、私たちは喜んだ」と語ります。この賛美は、神の深いあわれみと、その意味を教えてくれます。十字架の上でイエスが示してくださったあわれみを思いながら、このみことばを心に留めましょう。どんなに困難な一日だったとしても、この真理を変えることはできません。私たちの主は、すでに測りきれないほどの親切を示してくださり、「その恵みはとこしえまで」(詩136:1)絶えることがありません。

神のご真実を体験しつつ、困難な状況をくぐり抜けたなら、それを忘れずにいることが大切です。それは、また苦境が巡ってきたときに大いに役立ちます。今度はどのような形で切り抜けられるのか、神のやり方は分かりませんが、過去に良くしていただいたことを忘れないなら、今回も大丈夫と神を信頼することができます。

代々かわらぬみめぐみや、わが御神よ、わが父よ。(讃美歌3番)

神の手が見えないときでも、神の心は信頼できる。