不安のない存在
ユダヤ教のラビで家族療法士のエドウィン・フリードマンは、1985年の著書『世代から世代へ』の中で、「不安のない存在」という概念を説明しました。その理論は、後に出版された『神経の不全』の中で明確に述べられています。「現代の米国は、慢性的に不安に陥っている。感情的に後ろ向きの社会は、明確に定義されたリーダーシップにとって有害だ」。フリードマンは、慢性的な不安が組織、すなわち、家庭、職場、信仰者の共同体にまん延するように、リーダーの非不安的な在り方もまた、組織に広がることに注目しました。それは嵐の中の安心の要となります。
神の美しい世界
我が子に先立たれることほど悲惨なことはありません。それも一人ではなく二人も。しかし、この悲しみを、作家や俳優でもあるオーストラリアのミュージシャン、ニック・ケイブは経験しました。彼の15歳の息子は2015年に崖から転落して亡くなり、数年後に長男も失いました。ケイブ夫妻はこれほどの悲劇をどのように耐え忍んだのでしょう。あなたならどうしますか。
正直に、具体的に
木曜日の夕方、車の中でブレンダとエディの恒例の会話が始まります。「どこで食べる?」「どこでもいい」。「じゃあ、ウインドミルはどう?」「ダメ。そこ以外」。「じゃあどこにする?」「だからどこでもいいってば!」
神の恵みは十分です
フラナリー・オコナーは、米国南部を代表する小説家の一人で、人の苦しみと神の恩寵(おんちょう)を描いています。15歳で最愛の父を難病で亡くしました。小説を書くことに没頭して傷心に耐え、最初の小説を発表しました。そして父と同じ病を患い、39歳の若さで亡くなりました。彼女の作品には自身の苦悩が色濃く反映されています。作家のアリス・マクダーモットによれば「この病が、彼女を彼女たる作家にした」のです。
結局、最後には
アイルランドの聖ブレンダンを題材にしたフレデリック・ビュークナーの小説で、主人公が仲間の修道士ギルダスの片足は、膝から下がないと気付く場面があります。ギルダスはつえを取ろうとしてバランスを崩し、ブレンダンが支えます。ギルダスは、「私は闇に包まれた世界と同じぐらい傷ついている」と言います。ブレンダンは答えます。「もしそうなら、私とて同じだ。倒れそうになったら互いに手を貸し合う。結局のところ、それが唯一の意味ある働きなのだろう」
憐れみを求めて
ナイトバードの愛称でファンに親しまれていたシンガーソングライターのジェーン・クリステン・マルチェフスキは、2017年に乳がんと診断され、翌年に寛解、数カ月後に再発、そして余命宣告を受けました。ところが驚くべきことに回復し、2021年、テレビの人気オーディション番組で全米の注目を集めました。しかし、2022年2月19日、天に召されました。
神の品性
プロパティという言葉から何を思い浮かべますか。不動産関係者は、土地や建物、設備を含めた不動産を思い浮かべるでしょう。IT関連では、パソコンの基本的な情報などの属性を、質感や耐久性など、品質に関わる特性のことを意味する業界もあります。
それは恐ろしい
ユダヤ人の哲学者イェフダ・ハレヴィが千年以上前に書いた詩が、20世紀に翻訳されました。「それは恐ろしいこと 死が触れるものを愛することは」と始まり、その恐れの裏にあるものも「愛すること……そしてああ、失うこと」と明示しています。
後悔のない人生
看護師のブロニー・ウェアは、終末期の患者と過ごす中で、「もし、もう一度やり直せるとしたら、何をどう変えますか」と尋ねたそうです。すると、多くの人に共通する後悔がありました。そのトップ5は、次のとおりです。(1)自分に正直に生きる勇気があればよかった。(2)あんなに働き過ぎなければよかった。(3)自分の感情を表に出す勇気があればよかった。(4)友人関係をもっと大切にすればよかった。(5)もっと自分の幸せを考えればよかった。若くて元気な時には気付かなかったり、実現できなかったりしたことかもしれません。