神を畏れる
タニタンは「昔は人を殺したが、イエス・キリストを信じて以来、神は、その行為を許しておられない」と言いました。彼は、フィリピン・シエラマドレ山脈で暮らす首狩りの文化を持つ民族、イロンゴット族の一員です。彼は、キリストを信じる前と後との生活を次のように語ります。「以前、死ぬのは怖かったが、人を殺すのは怖くなかった。今、殺すのは怖いが、死ぬのは怖くない」
一人でも立つ勇気
ジーンの会社の社長は、辛辣(しんらつ)な言葉で従業員を萎縮させていました。ジーンも含め、皆が空気を読んで、反論しません。そんなある日、新入社員が激しく非難され、泣かされました。ジーンは、居合わせた皆が沈黙する中、口を開きました。
神に誉れを帰する言葉
友人のアレックスは、怒りの返信を覚悟していました。彼は編集者で、ここ数カ月、ビジネス界の著名な人物の原稿を担当していました。しかし、その出版は、会社の事情で白紙となり、そのことを先方にメールしたのです。
神の約束を土台に行動を
ピーターは、毎晩、額に入れた高齢の両親の写真にキスします。もう何年も会っていません。両親や周囲の人たちの反対を押し切って、若い頃、キリスト者になり、両親に勘当されました。ピーターは語ります。「聖書の中で、神はご自分の子どもたちを苦難の中で助ける、と約束されています。僕はそれを信じたのです。神に従うことを選ぶとつらいこともありますが、私は神にずっと助けられています」
キリストと生きる未来
父の認知症が進んでくると、母は、父の体が動くうちにスイス旅行をすると決めました。それが父の長年の夢だったからです。「雪の舞うティトリス山に行った時、お父さんの顔は、深い喜びに満たされていた。夢がかなった喜びよ」と母。しかし、その後には「僕たち、どこにいるのかな?」と尋ねられて、母は涙したと言います。
神の助けを届ける
私は当時10代で、友人リサとぎくしゃくしていました。ですから、夏のキャンプで彼女と同室になると分かってがっかりでした。それでも、お互いに節度を守って1週間を過ごし、最後の夜は、お楽しみのキャンプファイヤーです。しかし、私は熱があって早めにベッドに入りました。笑い声や歌声が外から聞こえてきます。私はリサがそばにいて、体温を測ってくれたので驚きました。「外には行かない。カレンが病気だもん。そばにいるよ」。彼女は皆と楽しむという選択もできたのに、私の看病を選んでくれました。その思いやりをとてもうれしく思いました。
神の求められる生き方
ケンは、同じアパートに住む移民労働者を避けていました。文化や習慣が違う人には困惑しかありません。しかし、ある日祈っていると、心の中に声がしました。「もう何年も隣人なのに、お前は一度もイエスを表していない。彼らに対する態度をよく考えなさい」
御言葉を行う
机の前にメモを貼り付けるボードがあるのですが、そこに以前、「健康のための10の習慣」という雑誌の切り抜きを貼りました。先日、自分は半分も覚えていないと気付きました。毎日見ていたはずなのに、何ということでしょう。日常の風景の一つになり、しっかり見ることも、行うこともしていませんでした。
細部におられる神
私の姪は大学1年生で新生活に慣れようと忙しくしていました。それで、大学内の車両通行許可証の申請を、私がしてあげると言いました。申請が終わって、申請窓口にいたのは数分だけだったと伝えると、姪は驚きながら、軽く「ありがと!」と言いました。