寄稿者

すべて見る

寄稿一覧 Kenneth Petersen(ゲスト寄稿者)

命の光

無精ひげの男が、1905年、スイスのベルンのアパートに閉じこもって、宇宙に関する複雑な思考に没頭していました。彼は物理学者で、驚異的な集中力で計算を繰り返しました。そして、4カ月間の苦闘の末、世界の仕組みに関する常識の多くを書き換えたのです。彼の名前はアルバート・アインシュタイン。26歳の青年でした。アインシュタインは、科学に関して極めて優秀な頭脳の持ち主でした。にもかかわらず「学べば学ぶほど、知らないことの多さを思い知らされる」と語りました。

委ねて静かに待つ

アデレード・ポラードのことは、あまり知られていません。彼女が脚光を望まない、謙遜な神のしもべだったからです。40歳の時、アフリカ宣教に召されていると強く感じましたが、扉は閉ざされ、大いに落胆しました。しかし「粘土が陶工の手の中にあるように、……お前たちはわたしの手の中にある」(エレ18:6)の御言葉を思い出しました。こうして、聖歌295番「成したまえなが旨」を書きますが、その中に「われはただ汝が手のうちにある土くれ」という歌詞があります。

神の時

科学的な時間の基準は、1967年までは、地球の自転と公転周期をもとに測定されていました。しかし問題が浮上しました。地球は歴史が下るにつれて、軌道上で減速しており、科学者たちは、天文時の「秒」が以前より長くなっていることを発見しました。キリストの時代から累積した物理的に測定した時間とのズレは、丸3時間にもなりました。

天に積まれた宝

初めての海外旅行では、荷物が多くなりがちです。遠く離れた土地で必要な物がなかったらと心配だからです。しかし、多すぎる荷物は問題だという記事がありました。例えば、大抵のホテルにはシャンプーとドライヤーは備えられている。スーツケースを引いてヨーロッパの石畳を歩く時は、何冊もの本や予備の靴を持ってきたことを後悔する、と筆者は語ります。

神の憐れみで生き残った人々

チャールズ・ジョーキンは11歳で船乗りになり、船上のパン職人として経験を積み、1912年に、イギリスの豪華客船に雇われました。その船、タイタニック号は、北大西洋で氷山に衝突しました。彼は、乗客を避難誘導し、自らは、垂直に沈む船尾のてっぺんに立ちました。そして奇跡的に救助されました。30年後の第二次世界大戦では、オレゴン号の乗組員になりましたが、この船も海難事故で沈没しました。しかし、彼は再び生還しました。

用途の変更

クレオ・マクビッカーは、1930年代初頭、壁のクリーナーを発明しました。当時、多くの家庭の暖房は石炭ストーブで、壁は煤(すす)で汚れていました。それで壁の上で転がして煤を吸着させる製品を開発したのです。しかし、残念ながらあまり売れませんでした。ところが数十年後、ある学校の教師がクリスマス飾りを作る授業に使いました。それがレインボークラフト社の起こりで、この製品は別の用途に使われました。幼児向けの粘土「プレイドー」です。

神のなされた業

モールスは牧師の息子で旅回りの風景画家でした。植民地時代のアメリカで細々と暮らしていました。しかし、神は彼を異業種に導かれました。モールスは科学にも興味があり、電磁石というものを知りました。彼は1832年、電信というアイデアを思いつきました。そして後年、実用的な電報システムを開発し、世界を変えたのです。

神の家族

混雑した駅のホームで若い男性の体が列車に押し付けられていました。1863年、ジャージー・シティでの出来事です。この状態で列車が動き出してしまったので、男性はホームと列車の間に落ちかけました。そこにいたエドウィンはとっさに彼をつかみ引き上げました。

必死の祈り

ケリー・パッカードは、転居の荷造りの最中に突然倒れ、心停止になりました。一旦は蘇生したものの夜間に容体が悪化し、夫は親族に連絡するようにと医師に告げられました。家族は必死に祈りました。