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Lawrence Darmani

Lawrence Darmani

ローレンス・ダーマニ氏は、 ガーナ人作家です。 彼の処女作 「悲しみの子」は、 英連邦作家賞アフリカ部門にて新人賞を受賞しました。 ダーマニ氏は家族とともにガーナ ・ アクラに住んでおり、 Step Publishers の代表および編集者です。

寄稿一覧 Lawrence Darmani

友情のしるし

ガーナで過ごした少年時代、人混みでは父と手をつないでいました。私にとって父は友でもありました。私の国の文化では、手をつなぐことは友情のしるしだからです。私たちは歩きながら様々なことを語り合いました。寂しい時は、いつも父に慰められました。この関係は私の宝物でした。

光の中を歩む

月が隠れるとやみが村に降りてきました。稲妻が光り、雨風が暴れ、雷鳴がとどろきました。子どもの私は、怖くて寝付けず、恐ろしい怪物たちが、私に飛びかかろうと狙っていると怯えました。しかし、夜が明ける頃に嵐は静まり、鳥のさえずる穏やかな朝が訪れました。夜の闇の恐怖と昼の太陽の喜ばしさは極めて対照的でした。

鏡と聞く耳

ウガンダの首都カンパラでセミナーに参加したときのことです。ホテルまで迎えに来てくれた主催者の女性は、私を一瞥して、にやりと笑いました。「何かおかしい?」ときくと「髪をとかしましたか?」と尋ねられました。うっかりしていました。ホテルの鏡で自分の姿を確認したのに、なぜ気づかなかったのでしょう。

孤独なクリスマス

今までで最も寂しかったクリスマスは、15歳で親元を離れ、家から1,000キロも離れたガーナ北部の祖父母の小さな家で過ごしたときです。それまでは、両親や兄弟、村の友だちがそばにいて、クリスマスは盛大で思い出がいっぱいでした。しかし、その年のクリスマスは寂しいものでした。その日の早朝、私は床(ゆか)に敷いたマットに寝そべったまま「今年も終わりだ、クリスマスがやってきた、神の御子が生まれた、すべての人に平安と喜びを」という地元のクリスマスソングを思い出し、悲しい気持ちで何度も繰り返して歌いました。すると祖母が来て、何の歌かと尋ねました。祖父母は、クリスマスも、キリストも、全く知りません。そこで私は自分が知っていることを話しました。その瞬間、私の孤独に光が差したのです。

神の臨在

心配げな父と青年は霊媒師の前に座りました。霊媒師は「あなたの息子はどこに行くのですか」と尋ねました。父は「大きな町まで。そして長い間、帰ってきません」と答えました。霊媒師は彼にお守りを手渡し「どこに行こうと、これが彼を守るだろう」と言いました。私がその青年です。しかし、霊媒師もお守りも役に立ちませんでした。その町にいる間に、私はイエスを信じ、お守りを捨ててキリストにしがみつきました。人生にイエスを迎えたことで、神の臨在が保証されました。

言葉以上に

アフリカのある言語に翻訳された聖書が、完成を記念する式典で、その地の首長に贈呈されました。彼は感謝して聖書を掲げ「神が我々の言語を理解されることがわかった。私たちは母語で聖書を読むことができる」と叫びました。

橋を架ける

私の町の住宅は防犯用の高い塀で囲まれています。塀の上に電気柵を取り付ける家もあります。一方、この国では停電が日常茶飯事なので、呼び鈴が作動せず、訪問者が炎天下や大雨の中、塀の外で待たされたりします。居留守を使われる場合もあります。防犯用の塀は、それなりの効果がありますが、悪意のない訪問者に対して差別の壁になることもあります。

主は私をご存じだ

夜中に160キロメートル離れた自分の村に帰ろうとしていました。神はそんな私を見ておられたでしょうか。その時の気持ちは複雑でした。私は高熱と頭痛で「主よ、あなたはここにおられるのでしょうが、とにかく私は痛いのです」と祈っていました。精根尽き果てて小さな集落の近くで車を止めました。少しすると「どうかしましたか?」と親切な人が声をかけてくれました。

解放される

村の子だった私は、鶏の習性を知っていました。鶏を捕まえて押さえ、その後ゆっくり放すと、鶏は逃げられるのに、うずくまったまま動きません。まだ捕まっていると思い込んでいるのです。