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Lawrence Darmani

Lawrence Darmani

ローレンス・ダーマニ氏は、 ガーナ人作家です。 彼の処女作 「悲しみの子」は、 英連邦作家賞アフリカ部門にて新人賞を受賞しました。 ダーマニ氏は家族とともにガーナ ・ アクラに住んでおり、 Step Publishers の代表および編集者です。

寄稿一覧 Lawrence Darmani

孤独なクリスマス

今までで最も寂しかったクリスマスは、15歳で親元を離れ、家から1,000キロも離れたガーナ北部の祖父母の小さな家で過ごしたときです。それまでは、両親や兄弟、村の友だちがそばにいて、クリスマスは盛大で思い出がいっぱいでした。しかし、その年のクリスマスは寂しいものでした。その日の早朝、私は床(ゆか)に敷いたマットに寝そべったまま「今年も終わりだ、クリスマスがやってきた、神の御子が生まれた、すべての人に平安と喜びを」という地元のクリスマスソングを思い出し、悲しい気持ちで何度も繰り返して歌いました。すると祖母が来て、何の歌かと尋ねました。祖父母は、クリスマスも、キリストも、全く知りません。そこで私は自分が知っていることを話しました。その瞬間、私の孤独に光が差したのです。

神の臨在

心配げな父と青年は霊媒師の前に座りました。霊媒師は「あなたの息子はどこに行くのですか」と尋ねました。父は「大きな町まで。そして長い間、帰ってきません」と答えました。霊媒師は彼にお守りを手渡し「どこに行こうと、これが彼を守るだろう」と言いました。私がその青年です。しかし、霊媒師もお守りも役に立ちませんでした。その町にいる間に、私はイエスを信じ、お守りを捨ててキリストにしがみつきました。人生にイエスを迎えたことで、神の臨在が保証されました。

言葉以上に

アフリカのある言語に翻訳された聖書が、完成を記念する式典で、その地の首長に贈呈されました。彼は感謝して聖書を掲げ「神が我々の言語を理解されることがわかった。私たちは母語で聖書を読むことができる」と叫びました。

橋を架ける

私の町の住宅は防犯用の高い塀で囲まれています。塀の上に電気柵を取り付ける家もあります。一方、この国では停電が日常茶飯事なので、呼び鈴が作動せず、訪問者が炎天下や大雨の中、塀の外で待たされたりします。居留守を使われる場合もあります。防犯用の塀は、それなりの効果がありますが、悪意のない訪問者に対して差別の壁になることもあります。

主は私をご存じだ

夜中に160キロメートル離れた自分の村に帰ろうとしていました。神はそんな私を見ておられたでしょうか。その時の気持ちは複雑でした。私は高熱と頭痛で「主よ、あなたはここにおられるのでしょうが、とにかく私は痛いのです」と祈っていました。精根尽き果てて小さな集落の近くで車を止めました。少しすると「どうかしましたか?」と親切な人が声をかけてくれました。

解放される

村の子だった私は、鶏の習性を知っていました。鶏を捕まえて押さえ、その後ゆっくり放すと、鶏は逃げられるのに、うずくまったまま動きません。まだ捕まっていると思い込んでいるのです。

神のいつくしみをたたえる

聖書をいっしょに学んでいるグループのひとりが、自分たちの詩篇を書こうと提案しました。文才がないと反対する人もいましたが、大丈夫と励ますと、神が自分のために働いてくださったことを賛美する詩をおのおのが書きました。それは感動的な詩の数々でした。苦難からの解放、守り、備え、そして痛みや涙でさえ語るに値するメッセージであり、私たちの賛美になりました。各人の詩篇は、詩篇136篇と同じく、神の愛はとこしえまで、という真理を表していました。

苦しみの中の強さ

サミーが18歳でイエスを信じたとき、家族に勘当されました。家は伝統の宗教を信じていたからです。そこでキリストの教会は彼を受け入れ、励ましたり、学費を援助したりしました。その後、サミーの救いの証が雑誌に載ると、家族の迫害はさらにひどくなりました。

黙々と前進する

職場の近くで塀際の道のコンクリートの割れ目に植物が育っていると気づきました。悪条件にも関わらず、乾いた割れ目に根を張って、花を咲かせたのです。ふと見ると、真上にはエアコンの室外機があって水滴が落ちていました。厳しい環境下でも上からの水という助けを得ていました。