神がそこにおられる
我が家に「認むとも、認まざるとも、神ここにおはすなり」と書かかれた銘板があります。紀元前8世紀の終わりに生きた旧約聖書の預言者ホセア(紀元前755年から715年)は、イスラエル人の国家に宛てて似たことを書いています。彼は神を切に追い求めなさいと促しました(ホセ6:3)。イスラエル人が神を忘れたからです(4:1)。彼らは神の存在を忘れていき、神から離れ(12節)、ついには、神の入る余地が全く無くなりました(詩10:4参照)。
触れる力
ポール・ブランド博士は20世紀の医療開拓宣教師です。任地のインドでハンセン病の患者の社会的苦境を目の当たりにしました。ある患者の身体に手を触れ、治療は可能だと言うと、その人は涙を流しました。付き添いの人は「先生は彼の身体に触りました。彼はもう何年も人の手のぬくもりを知りません。あれは喜びの涙です」と言いました。
イエスの物語
子どもの頃、町の図書館に行くのが大好きでした。ある日、高学年用の書棚を見て、そこにある本を全部読もうと思いました。けれど重要な事実を忘れていました。ここには新しい本が追加されます。私は必死に努力しましたが、本の数が多過ぎました。
励ます人の恵み
映画「英国王のスピーチ」はジョージ6世の物語です。第二次世界大戦の直前、ラジオの影響力が増していく中、政府は演説上手な王を望んでいましたが、ジョージ6世には、きつ音という問題がありました。私は映画の中で、きつ音を克服しようと苦闘する王を励ます王妃エリザベスに魅力を感じました。彼女の変わることのない献身は、王が障害を乗り越え、戦時中の国家を治めるという責任を担っていく上で、不可欠でした。
旅路を行く力
クリスチャンとして生きることについて教える寓話「恐れのない国へ」は、ハバクク書3章19節に基づいています。羊飼いと旅に出た主人公は、ひどく不安で「自分を担いでください」と羊飼いに頼みます。しかし、羊飼いは「それは簡単ですが、自分で登らないと、雌鹿のように足を鍛えて私の相棒としてついてくることはできませんよ」と答えます。
天の助け
モールス信号のSOSは遭難を知らせる手段として1905年に考案されました。そして、1910年、ケンタッキー号が沈没する際に使われて、46人の乗組員全員が助かったことで広く知られるようになりました。SOSは比較的最近の発明なのです。
注意深く見守る
学校に向かって駆け出そうとしていた息子に「歯は磨いたの?」と尋ねました。そして、正直が大切な品性だと念を押しながら、再度、同じ質問しました。ところが、母親が優しく諭してくれていると気づいて感謝する様子もなく、息子は「洗面所に隠しカメラをつけたら」と冗談めかして答えました。そうすれば、彼が歯を磨いたかどうかを確認できるし、自分も嘘をつく誘惑に駆られずに済むではないかと言うのです。
隠された美
カリブ海に浮かぶトバゴ島の海岸で、水中眼鏡をつけるようにと子どもたちを説得しました。水面だけを見ると、我が家の近くの淡水湖と変わらないからです。しかし、水中眼鏡をつけて水中を観察し、戻って来ると「色んな種類のきれいな魚が沢山いるよ!こんなに色とりどりの魚、見たことない!」と子どもたちは興奮気味でした。彼らは、もう少しで、水面下の隠された美を見逃すところでした。
世の光
私の好きな絵画のひとつは、英国オックスフォードのキーブル・カレッジのチャペルにあります。ウィリアム・ホルマン・ハントによる「世の光」と題された絵画で、イエスが手にランタンを持ち、ある家の扉を叩く姿が描かれています。