惜しみなく与える
私たちは以前、政変で難民となった人々を教会ぐるみで支援しました。数名の教会員が自宅の部屋を提供しましたが、決して大きな家に住んでいる人ばかりではありませんでした。
最初の一歩を
ディオグネトゥスは、2世紀の人物で、キリスト者がローマの迫害下で「日ごとにますます増えていく」と気付きました。彼は異教徒だったので「なぜこうなのか」と尋ねました。それに対するキリスト教会指導者の返答が、「ディオグネトゥスへの手紙」と呼ばれる歴史文書です。「罰する人を増やせば増やすほどに、まだ罰していない残りの人の数が増えているのが分かりませんか。これは人間の業ではなさそうです。神の力なのです」
安全と自由を求めて
イギリス領インド帝国が1947年に解体されると、1500万人以上が宗教上の理由で難民化しました。大混乱は季節性の洪水と疫病のまん延によって悪化し、100万人以上が亡くなりました。
イエスだと分かる
カルロッタには相貌失認(そうぼうしつにん)という障害があり、人の顔を見分けたり覚えたりできません。イエスの復活後、エルサレムを出立した二人の弟子は、まさにカルロッタの状況でした。忘れるはずのない人に出会ったのに、その人を認識できなかったのです。
信仰が試される
ローマ皇帝マクシミアヌスは、紀元304年、小アジアのニコメディア(現在のイズミット)に凱旋(がいせん)し、異教の神々に勝利を感謝する戦勝パレードに市民が招集されました。しかしキリスト者は例外でした。マクシミアヌスは教会に来て、信仰を捨てて罰を免れよと迫りましたが、会堂いっぱいの人々は、彼の最後通告を拒否しました。皇帝は彼らを閉じ込めて教会堂に火をつけ、全ての信者を殺害しました。
都合の悪い割り込み
マヌエルが信号で停止すると、娘がタイヤ交換に苦闘している人に気付きました。「パパ、助けてあげて!」これでは礼拝に遅刻です。しかし背後に神がおられると思い、見知らぬ人に手を貸しました。そして「一緒に教会に行きませんか」と誘いました。
神の豊かさ
イネス・メヒア(1870-1938)は、51歳で大学生になり植物学を志しました。その後、植物学者として13年間、中南米各地を回り、500もの新種を発見しました。新種の発掘は彼女に限った活動ではありません。毎年、2千近くの新種の植物が発見されています。
救いの相続人
アビゲイルは交通事故で亡くなった両親の遺産を相続しました。しかし、それは信託財産になっていて、当面は学費相当分しか引き出せず、残りの受取りは、もっと大人になってからでした。最初は戸惑いましたが、後になり、両親の良識に感謝しました。
人生を耕す
私たちは砂利道の先の少しぬかるんだ土地に家を建てました。そして、オレゴン州の山麓の環境にマッチする草や木を植えた庭を造ろうとしました。道具を取り出して働き始めると、「地上にはまだ野の木も、野の草も生えていなかった。……また土を耕す人もいなかった」 (創2:5)というみことばが思い浮かびました。