一緒にやろう!
組立式の本棚の箱を開き、取扱説明書と共に中身を取り出して床に並べました。取説には、やるべきこととやってはいけないことの図が載っていました。大きな×印がついた図には、板や工具を前に困っている人が描かれており、まるで私のようでした。そして隣には「正しい」組み立て方の図がありました。唯一の違いは、人間が二人いることです。そして二人は笑顔です。
イエスと共に生きる
医師のンティジミラは、看取りの医療を母国ルワンダの貧困地域で行いなさいと、神に言われたように感じました。同僚たちは、あの場所で終末期医療をする価値はない、「彼らはすでに希望のない人たちだから」と言いました。しかし、患者とその家族にとっては、彼の存在自体が希望でした。ンティジミラは、イエスの死と命が、死生観を変えると確信していました。主の死が真の命の源だからです。彼の活動は、この確信を土台にしていました。
神は尊重してくださる
ジョン・ケーニッヒは、従来は表現不能だった複雑な感情を表す造語を、自著『Dictionary of Obscure Sorrows』(「曖昧な悲しみの辞典」)に収めました。例えば、「dés vu」現状の認識がやがて変化し思い出になること、「onism」一時に1カ所にしかいられないもどかしさ、などです。彼は、微妙な気持ちに名前を付けることで人助けをしたい、表現できない感情を抱いたとき、誰もが「私だけ?」と孤立感に悩まなくてよいように、 と語ります。
神の心を反映する
シャンテールが静かな村の自宅で13歳の誕生日を祝ってもらった日の夜、突然、銃声が響きました。森に逃げるように半狂乱で命じる母親の声。子どもたちは森に逃げ、身を寄せ合って、その夜を明かしました。「朝になり、両親を探しましたが見つかりませんでした」と彼女は語ります。彼女たちは孤児となり、数十万人規模の難民キャンプに入りました。
負けるが勝ち
モニカ・ワドワ教授は、勝たないことが、勝つことよりずっと力になると主張します。彼女の研究によれば、人は勝った時でなく、もう少しで勝てそうな時に、最もやる気がみなぎるそうです。もう少しのところで負けると、頑張り続ける原動力をもらい、安易に勝利すると、モチベーションが下がる傾向があると言います。
栄光なる啓示
中世の神学者トマス・アクィナスは、神を追い求めて生きたいと願って苦難を耐えました。彼はドミニコ会という清貧な生活と学びと説教に専念する修道会に入りたかったのですが、それに反対する家族に1年間監禁されました。生涯を懸けて聖書と被造物を研究し、100巻近くの著書を記した後、神を強烈に体験しました。そして、今まで自分が書いてきたものは、まるで藁(わら)くずのようなものだ。このような栄光を体験したからには、もう書くことはできないと語り、その3カ月後に亡くなりました。
ありがたい本
私は美しい装丁の本に目がなく、蔵書は増えていくばかりです。しかし、全ての本を読破する時間も余裕もなく、多くの本が新品同様の美しい状態を保っています。エッセイストのジョン・アップダイクは、アメリカの古典『ウォールデン―森の生活』について、「聖書のように、敬意は払われるが読まれない」可能性があると語りました。聖書は、古典であり、異文化の中で書かれた書物なので、少々難しいのかもしれません。そのせいか、出番は日曜日の礼拝の時だけで、他の日は本棚を飾るだけになりがちです。
神の気前良さに応える
リディアは匿名で1万ドル(約150万円)を寄付されましたが、自分のためにはほとんど使わず、家族や同僚のために使ったり、被災者支援や慈善団体に気前良く寄付しました。彼女はそうとは知らずに、無条件で1万ドルを受け取った200人の反応を調査する研究に参加していたのです。この調査の結果、贈られたお金の3分の2以上が寄付されたことが分かりました。非営利団体TEDの代表クリス・アンダーソンは、この例を取り上げて「私たち人間は、太っ腹な行為には太っ腹な行為で応えるようにできている」と語りました。
真実のために偵察する
自分の間違いに気付かず、自己の正しさを信じる傾向が、人にはありますが、それは「兵士の思考」があるからだと、ジュリア・ガレフは自著で語ります。それは、自分が信じているものを正当化し、それを脅かすものから守ろうとする心理ですが、より有益な考え方は「偵察者の思考」だといいます。偵察の主眼は、脅威の排除ではなく、完全な真実の探求です。きれいごとではなく、不都合でも、不愉快でも、何がそこにあるのかを正直な目で正確に理解したいと思います。このような考え方の人は、生涯にわたって理解を深めていける謙虚な心を持っているといえます。