神が慰めてくださる
水の流れ落ちる音は、ニューヨークの9.11メモリアルプールに到着したことを知らせていました。もっと早く来なかったのは、2001年のあの日の悲劇を思い出すのが怖かったからです。ツインタワーの跡地に造られた二つの反射池の周りを歩き、壁に刻まれた犠牲者の名前や、愛する人に手向けられたバラを見て、深く心を動かされました。
心に染みる別れの言葉
友人のホセは、緩和ケア病棟に入りました。最初は、意識もはっきりしていて、よくしゃべっていたのに、1週間後には衰弱して言葉が出ませんでした。私は、病室で、彼の家族に混ざって座り、ホセや家族にとって、私の存在が無意味でないことを願いました。見舞の人が皆、帰り、私だけがホセと一緒にいました。やがて、私は立ち上がり、戸口に向かい、振り返ると、返事はないと知りつつ「大好きよ」と言いました。すると、ホセの唇が「大好き」と動くのが見えたのです。それが最後になりました。
自分以外の人のために
昔、ギターが上手な教会の人を褒めた時、彼は「ありがとう。これが僕のミニストリーだから」と言いました。またこの言葉です。私は「ミニストリーって何?どうやって自分のミニストリーを持つの?」と思いました。しかし、彼は楽器が弾けるので、その技術を他の人のために使っている、単にそういうことだと分かりました。その後、私は人を元気にする才能があると気付きました。教会のメンバーに電話をして話を聞いたり、メッセージを送ったりすると、こちらも温かい気持ちになるのです。華々しさのない賜物で、少しがっかりしました。けれども、私は、それが賜物とは分からない時分から、賜物を使っていたのです。
信仰によって歩む
夜の祈祷(きとう)会に参加しようと、その女性は教会堂へ続く階段を、一段一段、極めて慎重に登っていました。痛みと息切れで、立ち止まった時、一人の男性が通りかかり言いました。「一歩ずつですよ。そうすれば必ず着きます。急がずゆっくりいきましょう」。彼女は力をもらったかもしれません。そして、この女性に向けられたその言葉は、疲れた心で歩いていた私のことも、確かに励ましてくれました。
神のもとに駆け寄ろう
エイドリアン・シマンカスは、チリのマゼラン海峡で父親とカヤックをしていましたが、あっと思った瞬間、ザトウクジラに飲み込まれてしまいました。「死ぬのだと思いました」と、24歳の青年は語ります。しかし、数秒後、クジラは彼を冷たい海に吐き出しました。彼は救命胴衣を着けていたので、水面に浮かび、父親に助けられました。
神を待つ
幼い頃、道路の脇のカラフルな看板を見てワクワクしました。目的地である人気の遊園地に、到着したと思ったのです。私は意気揚々と車を降りる準備を始めましたが、その後、同じ看板が何度も現れ、まだ着かないと分かってがっかりしました。やがて、その看板は、まだ先だが近づいてはいる、と知らせているのだと気付きました。
神に関する知識を深める
プールに飛び込むやいなやゴーグルに水が入って、ほとんど見えなくなりました。水泳指導を受けたことがないにもかかわらず、気まぐれで出場した2往復のレースを、ゆっくり、しかし何とか泳ぎ切りました。数年後、私は水泳教室に通い、呼吸の仕方や4泳法を楽しく学びました。知るべきことが分かると大違いでした。
見つけてもらえた
かなり前のことですが、父と一緒にエクアドルのアマゾン流域に行きました。楽しいスピードボートの川旅をして小さな村を訪れ、風景や雰囲気をじっくり味わい、現地の部族について学びました。父は、手作りのイヤリングなどを買ってくれました。私は、そのイヤリングを、特別な日だけに着けていて、姉にレストランで誕生日を祝ってもらった時も着けていました。しかし、帰宅後、片方が無くなっていたのです。それは単なるイヤリングですが、同じものを手に入れるには、アマゾンの奥地まで行かなければなりません。ところが、姉があのレストランを再び訪れた時に尋ねてみると、落とし物として保管されていました。私は大喜びでした。
神は見捨てない
遊園地で人気の乗り物が、きしんだ音を立てながら昇っていく時、私は怖くて目を閉じていましたが、静止ポイントでうっかり薄目を開けると、恐怖に震えました。乗り物は急降下し、私は再度目を閉じ、最後まで叫び続けました。子ども時代のあの恐怖は、今でも忘れられません。