神にしがみつく
校区のレスリング大会がありました。8歳以上の子どもたちは、体育館のレスリングマットで相手と組合い、抑えたり、倒したりして、勝利を目指します。レスリングは古代の格闘技で、機転を利かせてタックル、エスケープ、ピンなど、ポイントが入る技術を組み合わせます。ある3年生の少女が、観客を沸かせていました。彼女は俊敏な動きと巧みな戦術で相手を翻弄(ほんろう)し、次々と勝利を収めていました。
幼子キリストを探し求める
ピーター・トゥルチは、創作や文章表現を指導する大学教授です。彼は「地図を見ることは、そこにある冒険を探し出すこと。地図に向かって『物語を聞かせてくれ』と言うこと」と語っています。
隣人とは誰か
マリーは見舞いに来たラヒームを見てにっこりしました。彼は命の恩人です。自宅前で転倒し脳内出血を起こした時、宅配業務中のラヒームが気付き、救急車を呼んでくれたのです。彼はお見舞いに小さな菓子を持参します。それもまたマリーの回復を助けてくれます。ラヒームはイスラム文化に由来する名前です。私は良きサマリア人のたとえ話を思い出しました。
神の助けを求める
若い頃、仕事の締め切りを守れるように、と祈るのは、何か違うと思っていました。家族の病気、家庭の不和、失業、家計のひっ迫など、もっと大きな問題を抱える人たちがいます。私も当事者だったことがありますが、それらに比べると、原稿の締め切りはさまつな問題だと思ったからです。しかし、今は違います。聖書には、事の大小にかかわらず、神が御民を助けた事実がいくつも記録されているからです。
神の赦し
イスラエルのヘクト博物館で、4歳の少年が展示品を誤って割ってしまいました。3500年前の青銅器時代の珍しいつぼです。ところが何の弁償も要求されず、つぼの修復後、博物館に招待されました。同館のロイー・シャフィール氏は、この寛大さの理由を、修復作業に対する世界の関心を高め、少年の歴史と考古学に対する関心に寄与する可能性があるから、と説明しました。何らかの前向きな結果に対する期待です。
キリストの弟子を作る
近所の中学校のバスケットボール部では、思い切ってシュートを打つという指導に、シーズン初頭から力を入れるようです。コーチはコート脇から「シュート!」と叫びます。選手たちは、パスやドリブルに熱心で、放っておくと、迷わずにシュートできるようになる頃にはシーズンが半分終わってしまいます。そこで、コーチの「行け!」という掛け声が大きな違いを生みます。彼の指示に素直に従うことで、たとえシュートが外れても、勝利に向かって挑戦する姿勢を学んでいきます。
キリストの光の内を歩む
ティムは、夜のホテルの部屋はずいぶん暗く、夜中に起きて歩くとつまずきそうだと思いました。しかし、実際はセンサーが装備されていて、人が起きて歩き出すと足元を照らしてくれるのです。
成熟した信仰
ゲイルが駆け出しのキリスト教作家だった頃、出版社は花束やチョコレートなどを頻繁に贈ってくれました。しかし、その贈り物はやがて永続的な価値のあるものに変わりました。通読用の聖書、デボーションガイド、祈りの日記帳などです。これらを使ううちにゲイルの信仰は成長し、人々をキリストへ導くことに真剣になりました。
熟慮し、そして行動する
小さな町の医師エズデンには幼い娘エレノアのための大きな夢がありました。ダウン症の娘が、将来、生計を立てられるような店を開くことです。しかし、どうすれば実現できるのかと不安だったので、ビジネスの始め方を教えるオンライン講座を受けました。そして、ワイオミング州の地元の町でパン屋を立ち上げて軌道に乗せました。スタッフも雇って本格的なビジネスです。成長したエレノアはレジ打ちとオンライン販売を担当しています。エズデンは「町のみんなが娘のことを知っています」と語ります。彼の信仰による思い切った行動は、娘の将来に関する彼の熟慮された計画の具現化です。