どこにいても人を愛する
釣りをしている夫のそばで聖書を読んでいたときのことです。若い男性が近づいてきて、釣り餌を変えた方がよいと言いました。そして、私の聖書をチラっと見るや、自分は前科者だと言い、「神は俺のような人間の心配をしてくれるかなあ」とため息をつきました。私はマタイの福音書25章を開き、牢にいる人を訪ねることに関するみことばを音読しました。彼が、そんなことが書いてあるのかと言うので、神はご自分の子どもたちに対する親切を、ご自分に対する親切と見なしていると答えました(31-40節)。
有言実行
末っ子のザビエルが幼稚園に入った時、聖書の読み聞かせを始め、みことばを適用できる状況があると聖句を教えるようにしました。息子は自然に聖句を覚え、知恵が必要な苦境では、真理の光が指し込むような言葉を口にします。ある日、私はあることに腹を立て、とげとげしい言葉を口にしました。息子はそれを聞くと私を優しく抱きしめ「ママ、自分がいつも言っているとおりにしようね」と言いました。
打たれ強い信仰
シルバーレイクの北岸に沿って立つ砂丘は、近隣の家屋を脅かしていました。住民らは侵食してくる大量の砂を取り除こうと奮闘しましたが、立派な家が眼前で砂に埋もれていくのを傍観するほかありませんでした。破壊されたコテージの瓦礫の撤去を監督していた地元の役人は、回避不能の事態だったと断言しました。どれほど頑張っても、砂丘が強固な地盤になることはありません。
アイデンティティー
アイスクリーム屋に5歳の息子と入って行くと、店員がこちらをちらりと見てから息子に差別的な言葉を投げかけました。私はメキシコ系アメリカ人として味わってきたやるかたない思いを噛みしめ、息子を引き寄せると遅れて入ってきた夫の方を振り向きました。夫は黒人です。注文すると、店員はしかめ面で返事もしませんでした。
アイデンティティー
友人は自分の写真を見ながら身体の特徴を卑下しました。そこで私は言いました。「私には、全能なる大王の愛娘が見えるわ。神と人とを愛する優しい人で、純粋な親切心や物惜しみしない態度、人を裏切らない誠実さで、多くの人の人生に違いを生み出してきた人よ」。彼女が涙ぐんだので、「あなたにはティアラが必要ね」と言い、二人でぴったりのものを手に入れました。彼女が自分のアイデンティティーを忘れないためです。
希望を語り告げる
神の子どもになった経緯を高校生のエマが語りましたが、どれが彼女の言葉で、どれが聖書の引用か分からないほど、ふたつが自然に混ざり合っていました。「まるで歩く聖書ね」とほめると、彼女はけげんな顔をしました。自分が聖句を引用していると気付いていなかったのです。聖書を読むことが日課だったので、みことばが日常の語彙になっていたようです。彼女は、神のご臨在を喜んで受け止め、神が機会をくださるときには、真理を人に優しく語ります。このような若者は、エマだけではありません。
仕えるために生きる
豪華なお絵描きセットをもらった10歳のチェルシーは、悲しい時に絵を描くと慰められると気付きました。そして、お絵描きの道具を買えない子もいると知ると、彼らを助けようと動きました。彼女の誕生日会にはプレゼントではなく、貧しい子どもたちに寄付する絵の道具を持ってきて、と頼みました。
どこで礼拝しても
体調不良のために、教会に行けないことがつづいていました。オンラインで礼拝しても、不満が募ります。音声や映像の質が悪くて集中できません。なじみの賛美歌が流れ、いっしょに歌うと、涙がこぼれました。「きみはわれのまぼろし。たれをほかにもつべき。昼も夜もわが身の、あおぎみるはただきみ」。神の絶えなきご臨在に心を集中させ、神を礼拝しました。
感情を持っている
息子の薬物依存のことでシエラは疲弊していました。「情けないわ。祈ると涙が止まらない。信仰が薄いと神様に思われるかしら」と尋ねるので、「それは分からないけれど、神様は激しい感情を受け止めてくださるわ。私たちに感情があることはご存じだから」と答えました。そして、彼女の息子のために一緒に泣きながら祈りました。