恵みを数えて
私たち夫婦は真剣に離婚を考えたことがありました。しかし、人生を完全にキリストに明け渡すとふたりで決め、やり直そうと誓いました。私たちは賢明な助言を求め、各々が聖霊によって変えられ、夫婦としても作り変えられるよう求めました。神は、健全なコミュニケーションを取る力をつけてくださいました。何が起ころうとも、神を愛し信頼することを教えてくださり、夫婦が愛し信頼し合うことについても学ばせてくださいました。
力をもらった!
パチパチという大きな音にドキッとして、慌てて台所に駆け込みました。コーヒーメーカーを誤って空焚きしていたのです。私はコンセントを抜いてポットの持ち手を掴みました。それから、タイルのカウンターの上に置いても大丈夫かしらと、ポットの底を指で触ったのです。当然、指に火傷を負い、水ぶくれができてしまいました。
喜びと苦しみ
幼い息子が初めてレモンをかじったとき、鼻にしわを寄せて目をつぶり、舌を出すと「すっぱ〜い!」と叫びました。私は笑いながらレモンを捨ててあげようと手を伸ばしました。しかし、彼は「だめ!」と言って逃げ出し、顔をしかめながら全部食べると、皮だけを私に渡して去っていきました。私の顔も酸っぱさにゆがみました。
王がおられる
思うように事が運ばず夫に八つ当たりすると、それは罪だと聖書のみことばから聖霊に示されましたが、その権威を無視してしまいました。夫婦関係を悪くしたり、神に反抗したりしてまで自分のプライドを守ることにどんな価値があるでしょう。全くありません。神と夫に赦しを求めるまでに十分なダメージを残してしまいました。
貴重な賛美
私は文筆活動で神を礼拝し、神に仕えています。病気で動けなくなってからは、なおさらそうです。ですから、書いた物を酷評されたときは落胆し、自分の小さなささげ物の価値を疑いました。
御霊の実が溢れる
隣の家との仕切りのフェンスにブドウの蔓が巻きついて上っていき、大きな房をつけます。庭には紫色のプラムやふっくらとしたオレンジのぶら下がる木があります。私たち夫婦は農作業をしませんが、隣の夫婦が収穫を分けてくれます。彼らは丹精込めて作物を育て、収穫の分け前で私たちを喜ばせてくれます。
罪は赦された
子どもの頃、友だちを誘って近所のギフトショプに行きました。すると彼女は、クレヨン形の髪留めをつかんで私のポケットに押込み、店の外に引っ張り出したのです。私は罪の意識に一週間苦しみ、ついに母に泣いて打ち明けました。私は友だちに逆らえなかったことを後悔し、盗んだ品物を返して謝り、二度と万引きをしないと誓いました。店の人は二度と来るなと言いましたが、母は赦してくれました。過ちを正すために最善を尽くしたと母が言ってくれたので、私は安心して床につきました。
神の愛を反映する
がんで闘病中の母を看病しました。母の毎日にはイエスとともに過ごす時間がありました。どんなに体調が悪くても、毎朝、聖書を読み、色々な人たちのために祈りました神を頼り、人に親切にし、人のために祈ったり、人を励ましたりしたいと願う姿は、母の信仰を物語っていました。天に召される日まで、神の愛を周りの人々に伝えましたが、自分の顔が主の恵みを映してどれほど照り輝いているのかは分かりませんでした。
隔てを壊す
原稿の締め切りが近いのに、朝の夫婦喧嘩のことが気になり、パソコンを叩く指も止まったままです。「主よ、夫も悪かったのですよ」とつぶやくと、画面が暗くなり、自分のしかめっ面が映りました。私の自我が仕事を遅らせているだけでなく、夫婦の関係や、神との関係を傷つけていました。私はプライドを捨て、電話で夫に謝りました。夫も謝ってくれたので一件落着。神に感謝しました。締め切りにも間に合いました。