軍隊の指揮官は、必ず任務に見合った十分な兵力を獲得しようとします。戦闘員の数は足らないよりは余るほうが良いとみんなが思いますが、何人いれば十分なのかに関しては意見が分かれます。
ダルトン兄弟は19世紀の後半に実在した悪名高き無法者たちでした。もともとは法の番人である保安官でしたが、徐々に堕落して犯罪に手を染めるようになり、銀行強盗や列車強盗として悪名をとどろかせました。けれども、ふたつの銀行を同時に襲撃しようとしたときが、年貢の納め時になりました。
アメリカの風刺画家は、街角にイーゼルを置き、お金を払ってくれた人たちの似顔絵をユーモアたっぷりに描きます。その人の特徴を大げさに表すのですが、似ている上にとても愉快な絵になり、見る人を楽しませてくれます。
アメリカの挨拶は、「いかがですか?」と聞かれて「元気です」と答えるのが常です。ところが、この「元気です」を意味する単語が、「良好」を意味するFINE(ファイン)から、「良」だけでなく「善」も意味するGOOD(グッド)に変わってきました。最近ではこちらが一般的です。
うそを見抜く専門家によると、人間の自然な傾向は人を信用することだそうです。けれども、誰もが常に信用できるわけではありません。うそをついている人の特徴は、そわそわする、目を合わせない、会話に不自然な間があるなどです。しかしながら、正直な人とうそをついている人を見分けるのは極めて難しいと専門家たちは言います。
友人のマイクは心臓移植学の専門医です。そしてエゼキエル36章26節を、多くの人は分かり得ないであろう感覚で理解し、感謝しています。彼は心臓移植手術患者の術前術後ケアを担当しているので、執刀医が、病気で変色した心臓を摘出し、ドナーが提供したピンク色の「新しい」心臓を移植するとき、手術室にいることがよくあるのです。
イエスが十字架にかかる少し前、マリヤという女性は、イエスの足に高価な香油を注ぎました。そして、さらに大胆なことに、彼女は自分の髪でイエスの足を拭いたのです(ヨハ12:3)。マリヤは一生かかって蓄えたかもしれないものをささげただけではなく、自分の評判すら犠牲にしました。
詩篇92篇は「主に感謝するのは、良いことです」という賛美から始まっています。しかし、誰にとって良いのでしょう。それは、私たちにとってです。私たちのたましいにすごく良いのです。心配ごとから心を自由にして、毎日を祈りと賛美で満たしてくれます。毎朝、感謝のことばで挨拶するのは素晴らしく、そのような賛美は心を嬉しくします。
第二次世界大戦中、イギリス諸島はナチス侵攻に抵抗するヨーロッパで最後の前線でした。絶え間ない攻撃にさらされ、崩壊の危機が迫っていましたが、イギリス軍には戦局を打開して勝利するだけの装備や武器がありませんでした。