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一直線に耕す

1年で聖書を!
◆ エレミヤ書40-42
◆ ヘブル4
聖書のみことば ピリピ3:8-17
 
キリスト・イエスにおいて上に召してくださる神の栄冠を得るために、目標を目ざして一心に走っているのです。―ピリピ3:14

トラクター初体験の朝です。さわやかな風が畑を吹きぬけ、コオロギが鳴いています。そんな田舎の静寂を、エンジンのごう音が破りました。私は、すきを地面に入れながら畑を耕し、どんどん進んで行きました。計器類に目を配り、ギアをシフトさせ、冷たい鉄製のハンドルをギュッと握って、トラクターのすごい威力に感動していました。しばらくして成果を見ようと振り返ると、目に入ってきたのは思い描いていたまっすぐなラインではなく、蛇行の曲線です。これではがっかりです。

広大な滝

1年で聖書を!
◆ エレミヤ書37-39
◆ ヘブル3
聖書のみことば 黙示録1:9-17
 
その足は、炉で精錬されて光り輝くしんちゅうのようであり、その声は大水の音のようであった。―黙示録1:15

ブラジルに行ったとき、世界三大瀑布(ばくふ)のひとつ、イグアスの大瀑布の見学に行きました。それは息を飲むほどの絶景でしたが、一番心に残ったのは、滝の景観でもものすごい水しぶきでもありません。それは音です。その大音響は「耳をつんざく」という表現を超えていました。まるで自分が音の中にすっぽり入ったかのようで、自分がいかに小さな存在か、それを思い知らされる圧倒的な体験でした。

羊が水の中を歩む

1年で聖書を!
◆ エレミヤ書32-33
◆ ヘブル1
聖書のみことば Ⅱテモテ3:13-17
 
聖書はすべて……有益です。―Ⅱテモテ3:16

作家C.S.ルイスは、宗教的な概念はスープのようだと言いました。とろみのついたポタージュもあれば、さらさらしたコンソメスープもあります。聖書の中には、確かに濃厚な概念があります。知的に理解することが難しい、複雑で神秘性と機微に富んだ概念です。例えば、「神は、人をみこころのままにあわれみ、またみこころのままにかたくなにされるのです」(ロマ9:18)というみことばを理解するのは簡単ではありません。しかし、聖書の中には、さらっと分かる考えもあります。「神は愛です」というヨハネの手紙第一4章16節のみことばは、これ以上ないというほど単純明快です。

水を求めて

1年で聖書を!
◆ エレミヤ書30-31
◆ ピレモン
聖書のみことば ヨハネ4:1-15
 
私が与える水を飲む者はだれでも、決して渇くことがありません。
―ヨハネ4:14

アメリカ合衆国は巨費を投じて、火星に水の痕跡がないかを探しています。NASA航空宇宙局は、双子の探査機「オポチュニティー」と「スピリット」を送って、現在か、また過去のある時点で、この赤い惑星に水が存在していたか否かを調査しました。なぜでしょう。科学者たちは、この小さな双子探査機から送信されるデータを解析して、火星に生命体が存在していた可能性を解明しようとしています。生物が存在するためには、水が必要です。水がなければ何も生きていけません。

きよくあり続ける

1年で聖書を!
◆ エレミヤ書24-26
◆ テトス2
聖書のみことば 詩篇119:9-16
 
あなたに罪を犯さないため、私は、あなたのことばを心にたくわえました。―詩篇119:11

フィラデルフィアに出張したとき、毎朝、ブロード通りを市役所に向かって歩き、地下鉄の駅に行きました。途中、何かを待っている人たちの長い行列を見かけました。彼らの年齢、人種、風貌などはさまざまです。毎日の行列を不思議に思っていましたが、3日ぐらいたって、何の行列なのかと通りがかりの男性に尋ねました。すると、この人たちは麻薬所持などの違法行為を犯して保護観察か仮釈放期間中なのだと教えてくれました。彼らは、毎日薬物テストを受けて、薬物を摂取していないこと、つまり「汚れていない」と証明しなくてはいけないのだそうです。

想定外

1年で聖書を!
◆ エレミヤ書22-23
◆ テトス1
聖書のみことば ヨハネ1:6-13

見よ、世の罪を取り除く神の小羊。―ヨハネ1:29

ワシントン・ポスト紙の記者が、人々の識別力を試す実験を行いました。1月のある朝、首都圏の鉄道の駅で、有名なヴァイオリニストに正体を隠してストリートライブをしてもらいました。多くの人々が前を通り過ぎていきましたが、足を止めて演奏を聴いた人はほんのわずかで、彼のヴァイオリンケースに集まった投げ銭は、45分間の演奏でたった32ドルでした。2日前、この演奏家、ジョシュア・ベルは、同じ350万ドルのストラディバリウスでコンサートをしましたが、そのチケットは1枚1万円で完売していたのです。

正しい材料

1年で聖書を!
◆ エレミヤ書18-19
◆ Ⅱテモテ3
聖書のみことば マタイ22:34-39、28:16-20
 
だれにでもいつでも弁明できる用意をしていなさい。ただし、優しく、慎み恐れて、―Ⅰペテロ3:15-16

私は料理が得意ではありませんが、それでも時々、市販のケーキミックスを使ってお菓子を作ることがあります。ケーキミックスに卵とサラダ油、水を混ぜ合わせるのですが、美味しく仕上げるコツは、材料のバランスです。つまり、正しい素材を正しい分量で加えなければダメです。これは、伝道についても同じです。つまり、大切な第一の戒め(マタ22:36-38)と大宣教命令(28:19-20)のバランスが肝心です。

なぜ私が?

1年で聖書を!
◆ エレミヤ書15-17
◆ Ⅱテモテ2
聖書のみことば 詩篇131
 
隠されていることは、私たちの神、主のものである。―申命記29:29

先日、大好きな詩篇131篇を読んでいました。この詩篇は、神秘性とは神のご性質のひとつであり、それを知っておかなければならないと教えてくれました。ですから、私は自分の心を騒がせないようにしなければなりません。神が、宇宙の中で何をしようとされているのか、そのすべてを理解するのは不可能なのです。

泥沼状態

1年で聖書を!
◆ エレミヤ書3-5
◆ Ⅰテモテ4
聖書のみことば エレミヤ書20:7-13
 
主のみことばは私の心のうちで、骨の中に閉じ込められて燃えさかる火のようになり、私はうちにしまっておくのに疲れて耐えられません。
―エレミヤ書20:9

エレミヤは、「嘆きの預言者」とも呼ばれています。もともと繊細で沈みがちな性質だったのかもしれませんが、神に逆らい続けるイスラエルの民にさばきが下ることを知って、嘆き悲しみました。エレミヤの嘆きは、驚くほど激しいものでした。彼は述べています。「ああ、私の頭が水であったなら、私の目が涙の泉であったなら、私は昼も夜も…泣こうものを」(エレ9:1)。