1年で聖書を!
◆ ネヘミヤ記7-9
◆ 使徒3
聖書のみことば Ⅰテモテ6:6-19

この世で富んでいる人たちに命じなさい。高ぶらないように。また、たよりにならない富に望みを置かないように。むしろ、……神に望みを置くように。―Ⅰテモテ6:17

お金には強い力があります。私たちは、お金のために働き、必要なものを買ったり、貯金したり、自分の願いをかなえたりします。そして、「もっとあれば…」と思うのです。お金には人を混乱させる危険もあります。そういうわけでイエスは、他のこと以上にお金について教えられました。イエスは、ご自分のために献金を集められたことはありません。ですから、この教えは明らかに自分のためではないでしょう。むしろ、お金に頼ったり、お金で力を得ようとしたりするなら、聖霊が通る管を詰まらせて、私たちの霊的成長を何よりも遅らせると警告されたのです。イエスは、「金持ちの愚か者」の話をして、聴いていた人たちに「神の前に富まない」ならば、恥ずべきだと諭されました(ルカ12:13-21)。神の「豊かさ」の定義は、私たちの多くの定義とはかけ離れていることを示されたのです。

では、「神の前に富む」とは、どういう意味なのでしょう。使徒パウロは、裕福な人は「たよりにならない富に望みを置かないように」と語って、富の力を過大評価しないように教えています(Ⅰテモ6:17)。私たちは「人の益を計り、良い行いに富み、惜しまずに施し、喜んで分け与えるように」なるべきです(18節)。
 

興味深いことに、神は私たちの富を、私たちの人生の質で計られます。他人を祝福するためにどれだけ気前よく財を用いたかで、私たちが富んでいるか否かを計られるのです。ウォール街で語られる言葉は間違っています。自分の安定と自分に対する評価は、銀行の預金残高に比例する、と考える人はよく注意すべきです。

(Joe Stowell)

自らの財を用いて他人を祝福できる人だけが、富は祝福だと言うことができる。