1年で聖書を!
◆ エゼキエル書40-42
聖書のみことば 詩篇119:41-48

私は、あなたの仰せを喜びとします。それは私の愛するものです。―詩篇119:47

妻は忙しいので、孫たちとなかなかゆっくり過ごせません。ですから、時間ができると予定を組み直し、孫たちとできるだけ一緒にいようとします。義務感からではありません。孫が可愛いからです。孫と一緒の妻を見ていると、「喜び」という言葉の意味が分かります。

詩篇119篇には「喜び」という言葉が8回登場します(16、24、35、47、70、77、92、174節)。ダビデは言います。「私は、あなたのおきてを喜びとし、あなたのことばを忘れません…私は、あなたの仰せを喜びとします。それは私の愛するものです」(16、47節)。ダビデは「私は…喜びとします」と歌いますが、それが示唆することは、「…を喜ぶ」という行為が意識的に行われたということです。しかし、神のみことばを喜びとするのは気の重いことではありません。彼は神のみことばを愛していたのですから。ダビデは神と親しい間柄でした。ですから、自分の大好きなお方の語られることが知りたかったのです。

ダビデのように、神のみことばを知ることは義務ではなくて喜びだと言えるようになるためには、神との関係を強めなくてはいけません。神にどれほど愛され、どれほど大事にされているかを思うとき、私たちは神を愛したいと考えます。そして、神の御前で過ごす時間を喜びだと思うでしょう。「どんなにか私は、あなたのみおしえを愛していることでしょう。これが一日中、私の思いとなっています」(97節)と言うことができるでしょう。

(C. P. Hia)

朝、昼、夜に神のみことばをあなたの喜びとせよ。