不動産業を営んでいた友人のパツィーが、がんで亡くなりました。夫婦で思い出話をしていると、パツィーに導かれてイエスを信じた友人のことを思い出しました。パツィーは、この町で良い家を見つけられるように人々を助けてきましたが、それに留まらず、誰もが永遠の住まいを確保できるように尽力しました。その姿を思い出すと心が温まります。
私たちのために十字架にかかられる覚悟のイエスが、強く意識されていたのは永遠の住まいです。「あなたがたのために、わたしは場所を備えに行くのです」と告げられ、「わたしの父の家には、住まいがたくさんあります」(ヨハ14:2)と神を信じるすべての人のために言われました。
私たちは良い家が欲しいと思います。家は、家族が寝食をともにし、団らんを楽しむ特別な場所です。しかし、次の人生に足を踏み入れた途端、私たちは神が準備された永遠の住まいを見ます。いのちを豊かに与えてくださる神をたたえましょう。今、ともにおられ、後の世でも、私たちをそばにおいてくださるお方です(14:3)。
イエスを信じる人を待つ祝福を思うと、みんなにイエスを紹介しなければと意欲をかきたてられます。
主よ、あなたが備えてくださった住まいを心待ちにしながら「イエスを信じるなら、誰もが永遠にそこで楽しめます」とみんなに伝えることができますように。
永遠の住まいの必要性と、それによる安心について、あなたは今日、誰に話したいと思いますか。