パトリック・アイルランドは、コロラド州コロンバイン高校の銃乱射事件で負傷した生存者です。彼は長い回復の途上で、恨みから解放されないと傷は深くなるばかりだと学びました。赦しの鍵は、人にされた悪ではなく、イエスがしてくださったことに焦点を合わせることでした。キリストは十字架上で、自分を苦しめる者たちのために「父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです」と言いました(ルカ23:34)。こうして祭司ザカリヤの預言が成就したのです(1:77)。
パトリックは中学生の頃から、自分が何かに召されていると感じていましたが、あの悲劇から20年、「僕は赦すために召されたのかもしれない」と自らの人生の目的を語ります。
私たちが銃乱射事件の被害者になることはたぶんないでしょうが、いじめやパワハラ、友人の裏切りなどで傷ついた人は少なくないでしょう。どうすれば解放されるでしょう。イエスは拒絶し虐待した人を赦しました。私たちの罪をも赦されたので、私たちは救われたのです。イエスの姿勢に目を留めてはどうでしょう。イエスの救いには、人を赦す力も含まれています。パトリックのように恨みを捨て、赦しの旅に出ることが、私たちにもできるはずです。
どうすれば、自分を傷つけた人を赦して、自らの死をもって成し遂げられたイエスの救いをさらに体験することができるでしょう。
愛する父よ、教えてください。今日は誰を赦しなさいと私を召されましたか。イエスの死がくださった力によって、どうか赦せますように。