女優サリー・フィールドは、1985年、2度目のアカデミー賞を受賞した時、次のように語りました。「何より欲しかったのは皆さんの敬意です。初受賞の時はそれを感じられなかった。でも、今回は違います。皆さんに好かれていることを、今、私は否定できません」

エチオピアの宦官(かんがん)も驚きました。彼は異邦人、その上、宦官なので、神殿の内庭には入れません(エペ2:11-12、申23:1参照)。神を求めつつも、満たされない再度の巡礼の帰途、彼はピリポに出会いました(使8:27)。

読んでいたイザヤ書は「わたしの契約を堅く保つ宦官たちには、わたしの家、わたしの城壁の内で……絶えることのない永遠の名を与える」(イザ56:4-5)と語ります。そんなことがあり得るでしょうか。そこで、ピリポはイエスの福音を伝えました。すると、彼は「見てください。水があります。私がバプテスマを受けるのに、何か妨げがあるでしょうか」(使8:35-36)と問いました。

つまり、本当に受け入れられますか、私も神の家族の一員ですか、と問うたのです。ピリポは、イエスが隔ての壁を打ち壊された印として(エペ2:14)、洗礼を授けました。イエスは、罪を捨ててご自分を信じる万民を受け入れ、一つになさいます。宦官は、喜びながら帰って行きました(使8:39)。彼はついに、また完全に、神の家に属しました。