寄稿者

すべて見る
Mike Wittmer

Mike Wittmer

マイク・ウィトマー氏は、グランドラピッツ神学校の組織神学教授です。ウィトマー氏の著書には、「Heaven Is a Place on Earth, Don’t Stop Believing」「The Last Enemy」 (Discovery House)「Despite Doubt 」(Discovery House)「Becoming Worldly Saints」があります。ウィトマー氏と妻ジュリーには十代の子どもが3人あり、子育てに忙しくて趣味を楽しむ時間はないと言います。時間があるときは、クリーブランドのスポーツチームの応援、アジア料理を食べること、神学に関する執筆を楽しみます。

寄稿一覧 Mike Wittmer

神の武具を身に着ける

ナフィとカムランはクーデターに加わって戦い、数年の内戦を経て勝利の後、首都で内勤職を与えられました。しかし順調ではありません。暇なのでインターネットで時間をつぶしています。ナフィは、自分を含めて多くの同志が、「ネット、特にツイッター中毒」だと言い、カムランは、戦時中は、事は単純だったが、今はずっと複雑で、本当に困難だと語ります。また、ネット上のさまざまな誘惑を指摘し、「大勢が、一見良さそうで実は恐ろしい罠に陥っている」と述べました。

いと高き王のしもべ

その夫婦は子ども2人とアルゼンチンでひっそり暮らしていました。家でも外でもスペイン語しか話しませんでしたが、彼らは長期潜伏中の他国の工作員でした。フォークの使い方に至るまでこの国の文化を修得していましたが、市民登録の変更をきっかけに矛盾が発覚し、やがて逮捕されました。本国に送還される機内で、母は11歳の娘を見つめました。自分たちの真の姿は、彼女が信じていたものではないことを、どのように伝えようかと考えていたのでしょうか。

神のもとに戻る

映画『乱暴者(あばれもの)』(1953年公開)で、暴走族グループのジャケットに記されたRの文字が「反逆者」を意味すると知った女性が、マーロン・ブランド演じるリーダーに尋ねました。「何に反逆するわけ?」彼は答えます。「さあな」

神の名をみだりに使う

第二次世界大戦中のある写真は万民に警告しています。それは、ある町のナチス本部の表で撮影されました。道行く普段着の女性やスーツ姿の男性、立ち止まって掲示板を読んでいる人は気にも留めていないようですが、本部の正面玄関の扉の上に、でかでかと横断幕が掲げられています。そこには「ユダヤ人に抵抗することで、私は神の御業のために戦う」と書かれていました。

えこひいきはダメ

米国の第18代大統領、ユリシーズ・グラントは、1872年、馬車を爆走させ、アフリカ系アメリカ人の警察官ウィリアム・ウェストに止められました。「閣下、そのスピードでは通行人の命を脅かします」。グラントは謝罪しましたが、翌日も猛スピードで走りました。ウェストは再度馬車を止め、「一介の警官に過ぎない私が、国家の長である大統領に対して誠に遺憾ですが、任務は任務です」と言い、グラントを逮捕しました。

価値ある人生

マリオは住居侵入と窃盗の罪で服役中の28歳。アルコールと薬物依存症で、裁判官に無駄な人生と言われても反論できませんでした。ところが服役中、ジャーナリズム・コンテストの広告がきっかけで通信制大学に入ると、記事の執筆に夢中になりました。服役後は、大学院で修士号を修得し、今ではニューヨークタイムズ紙に執筆しています。もう無駄な人生を送ってはいません。

命を救う

フランスの反ナチ運動のメンバー、アドルフォ・カミンスキーは、身分証明書を改ざんし、多くの人を収容所行きから救いました。ユダヤ人の子ども300人のために急きょ、出生証明書、洗礼証明書、配給カードの偽造が必要になった時は、自分が1時間眠れば30人が死ぬと言い聞かせながら不眠不休で働きました。

イエスを誰より愛する

教会堂を増築して尖塔(せんとう)を設置すると聞いて、疑問を呈した教会員たちがいました。そのお金で貧しい人を助けることもできるのにと。牧師は、使い道が指定された献金だと説明した上で、主は「貧しい人々はいつもあなたがたと一緒にいる」(ヨハ12:8)と言われていますね、と言いました。文脈を無視した発言だったとすぐに謝りましたが、私は考えました。イエスの文脈とは何だったのでしょう。

父が望むもの

スティーブがチェーンソーを持って森に行こうとすると、5歳の息子オーガストが「パパ待って。僕も行く」と、おもちゃのチェーンソーと手袋と耳あてを持ってついてきました。スティーブは、危なくないように、離れた場所に息子用に丸太を置きました。10分も経つと少年はクタクタです。おもちゃのチェーンソーで丸太を切るのですから。しかし、父を「手伝える」のがうれしく、父も息子と過ごす時間を喜びました。